先日ジャーナリストの鎌田慧さんが書いたエッセイ記事(中日新聞)に甚く共鳴したので,ここで紹介したい。それは先日亡くなった大江健三郎さんと坂本龍一さんを追悼するとともに,原発を批判するものであった。特にその記事に引用されていた大江さんの発言が印象に残った。それは2012年7月「さようなら原発」集会での発言で,その中の「私らは侮辱のなかに生きています」という一文は中野重治の小説からの引用だという。
私らは侮辱のなかに生きています。今,まさにその思いを抱いて,私らはここに集まっています。私ら十数万人は,このまま侮辱のなかに生きていくのか?あるいはもっと悪く,このまま次の原発に事故によって,侮辱のなかで殺されるのか?
この大江さんの発言ほど,原発の中で生きている私たちを言い表したものはないと思った。ここで言われている「侮辱」という強い非難を込めた言葉は,人間の命と尊厳を奪う原発を動かし続ける国家や大資本に向けられており,その意味では原発の存在そのものにも向けられている。大江さんは,集会に集まった聴衆に向けて,侮辱され蹂躙されたまま生きるのはもうやめよう,これからはもっと主体的に生きよう,と呼びかけているのである。
私らは原発体制の恐怖と侮辱のそとに出て,自由に生きて行けるはずです。
つまり,これまで私たちは「原発体制の恐怖と侮辱」の中に押し込められていた。その外に出ようと訴えているのだ。では,その目には見えない「原発体制の恐怖と侮辱」とは具体的に何を指しているのか。それは大きく分けて二つある。
一つは放射性廃棄物の処理の問題である。原発稼働によって生じる放射性廃棄物の処理方法や最終処分場がないにもかかわらず,原発を動かし続けるという欺瞞。本来なら,放射能を防ぎ無害化する科学技術があって初めて動かすべきものを,そうした安全性を抜きに実用化してしまった。まさに私たち市民を侮辱しているとしか言いようがない。私たちは怒るべきだ。坂本龍一さんもこう言っている――
子どもの未来を危険にさらすべきではない。フクシマのあとに沈黙しているのは野蛮だ
「原発体制」のもう一つの問題は,原発で働く労働者についてである。現場で作業をする彼ら・彼女らは放射線に曝され,生命の危険に直面している。原発は原発労働者の命によって維持されているのだ。では,原発労働者とはどういった人たちか。いうまでもなく下請け労働者である。それは大企業の下請けに組み込まれた中小企業に雇われた労働者であり,さらに90年代には規制緩和の流れの中で派遣労働者がこれに加わる。
伊東光晴さんが著書『アベノミクス批判』(岩波書店)の中で,高杉晋吾『原発の底で働いて』(緑風出版)という本によって,浜岡原発1号機での中部電力社員と,いわゆる原発労働者(社員外労働者)の被ばく量を比較したデータを紹介している。すなわち――
第十四回調査(平成七年九月から平成八年一月まで)では社員に比べて社員外は十九・三倍の被曝をしています
(伊東光晴『アベノミクス批判』岩波書店p.100)
さらに伊東さんは,福島の原子力発電所での恐ろしい話を紹介している。すなわち,福島原発で最初の原子炉の底が弱いことがわかると,ジェネラル・エレクトリック社は補強工事を行ったが,このとき放射線を浴びながら作業をしたのは黒人労働者であったという事実。これを見ていた人が伊東さんにこう言ったという。
原子力発電所を維持することのできる国は,人種差別のある国だ。
(同書p.100)
原発を稼働している国がどういう国かということをこれほど的確に言い表した言葉もない。原発はその国の差別構造によって支えられているのである。日本で言えば,下請け企業の労働者や派遣労働者の存在が原発を支えている。だから,原発を廃止するとともに,こういう差別的で非人間的な労働政策は直ちに転換しなければならない。正社員とは待遇面ではっきり区別され差別された非正規労働者の存在が,原発稼働の前提条件になっている。原発と非正規雇用はセットなのだ。私たちの社会で非正規雇用の層がますます膨らみ,正社員との格差・分断が深まるほど,原発のような危険で非人間的な職場で命を落とす人が増えていく。上の浜岡原発の例のように,非正規労働者には安全対策を省けるからである。伊東さんは記している。
現場の労働者はぶ厚い被服ゆえの暑さに耐えきれずマスクをはずす。”非社員”の原発作業員は,飛散する粉末を吸って大量被曝することになる。嶋橋さんは,一九九一年十月二五日白血病で死ぬが,働きはじめて約一〇年であった。
(同書p.99~p.100)
「多様な働き方」とか「雇用の流動化」といった政府の宣伝文句に騙されてはいけない。こういうことを言うのは,生活に心配のない高給取りの官僚や学者だけであり,それを正そうとしない政治家も許しがたい。非正規労働者が4割を超える社会とは,あってはならない異常で非倫理的な社会であり,特に若い人は非正規労働者であってはならない。若者を大切にしない企業や国家はいずれしっぺ返しを食らうであろう。
放射性廃棄物を処分できない原発も,非正規雇用を生み出す規制緩和も,「人間を侮辱する,倫理ゼロの政策」だ!終わりにしよう!