家族国家観 | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 

 政府は「こども庁」から「こども家庭庁」に名称を変更するそうだが,そこには子どもの課題は家庭や家族を媒介にしなければ解決できないという古びた観念が透けて見える。子どもは家族が育てるべきだとか,子どもの健全な成長には恵まれた家庭環境が不可欠だとして,子どもよりも家族が保護の対象として前面に出てきている。なぜそんなに家族を保護したいのかというと,本来国家が担うべき,子どもの教育を含む福祉領域の大部分を家族に負担させたいからにほかならない。

 

 18歳以下の子どもへの10万円給付にしても,私が一番問題だと思うのは,家族が最優先に考えられていることなのである。今回の10万円給付の主旨は,子育て支援でも経済対策でも将来の子どもへの投資でも何でもなくて,実は家族政策なのだ。結婚して子どもを作った家庭にしか国のお金を配らないということは,為政者が家族を国家秩序の基盤と見て,これに保護を与えていることを示している。家族を作らない個人,家族のない人たちは国家の保護の対象からは外れて,権利を制限・剥奪される。国家の構成員ではないわけだから,国の給付金は配らない。お金が欲しいなら,「家族を作って,子どもを作れ」というわけである。家族を作ることが国家を構成する国民になるための第一要件となる。今回の給付金問題というのは,日本が極めて前近代的で差別的な国家体制の国であることを晒した。

 

 このように国家秩序の基盤として家族を見る家族主義は,個人の人権・自由という近代的原理とは相容れないと同時に,いわゆる家族国家観に発展する。すなわち家族国家観とは,国民は一つの大きな家族であるとみる国家観である。戦前の日本では,「天皇陛下の赤子」という言葉に見られるように,天皇を家長とみる家族国家観(=「国体」イデオロギー)が形成された。

 

 白井聡さんの『国体論』を読んでいたら,この家族国家観に関して興味深い指摘をしていたので引用しておく。

大日本帝国は,万世一系の家長とその赤子が睦み合って構成される「永遠の家族」であるとされた(家族国家観)。つまりそれは,支配であることを否認する支配なのである。

(白井聡『国体論』集英社新書p.252)

 

 

 

 白井さんは,家族国家観の最大の問題点は《支配しているという事実を否認していること》だと言う。支配じゃなくて家族なんだよ,と国民に言い聞かせるのが家族国家観の特徴なのだ。しかし国家とは,究極的には暴力によって担保される支配機構であろう。家族国家観はその本質的部分を隠蔽する。つまり支配機構であることを否認しながら支配する国家(「国体」)を生み出すのだ。家族国家的な支配とは,「これは家族愛なんだよ」と言いながら拷問するようなものだ。

 

 私たちが家族国家観にとらわれて,支配されていることを否認し続けるならば,自由獲得や政治参加への欲求も生まれてこないし,永遠に思考停止状態になる。日本の人々の政治的主体化を妨げているのは家族国家観という「国体」イデオロギーなのだ,というのが白井さんの議論の主旨である。

 

被支配とは不自由にほかならず,支配の事実を自覚するところから自由を目指す探求が始まる以上,支配の事実が否認されている限り,自由を獲得したいという希求も永遠にあり得ない。つまり,日本の戦後民主主義とは,知性の発展と自由の欲求に対する根本的な否定の上に成り立っている

(同書130)

 

 白井さんの理解では,家長が天皇であれ,アメリカであれ,戦前・戦後を通じて「永遠の家族」として日本の「国体」の構造は生き延びてきた。そして,その「国体」の核心にあるのは,「支配の事実の否認」である。こういう白井さんの理解に納得がいった。いまだに私たちは家族国家観にとらわれて支配の事実を自覚できないでいる。

 

 子ども関連の施策を専門に行う省庁の設置とか,18歳以下の子どもへの10万円給付とか,いかにも支配権力とはかけ離れた福祉的な施策のように思われがちだが,これらはまさに家族国家的な支配の道具にほかならない。こうした家族政策は,家族が国家秩序の基礎であり,国民たるための要件であることを人々にすり込み,支配の事実を隠蔽する。支配の事実を自覚できない国民は,国家のやり方に抵抗もしないし政治参加も要求しない。家族国家観=「国体」イデオロギーのなかで,日本人は支配されやすい国民として飼い慣らされてきた。その結果,日本社会は内側から腐りきってしまった。

 

 日本の課題が家族国家観の軛(くびき)を断ち切ることであることが,白井さんの本を読むとよくわかる。その観点からすると,「こども家庭庁」や18歳以下への現金給付などの家族主義的なバカげた政策は絶対につぶしてしまわないといけない…