熊倉正修『日本のマクロ経済政策』(岩波新書) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 今日は「緊急事態宣言」の背景について書こうと思っていたのだが,世界経済がまさに危険水域に達しているので,予定変更して経済のことを書こうと思う。今回の株価暴落は基本的にはバブル崩壊と見ていいわけだが,リーマンショック級か,あるいはブラックマンデー以来の世界的な経済危機であることは間違いない。というか,単なるバブル崩壊にとどまらない,世界恐慌以来の大不況になるのではないかと私は恐れているのだが,この危機感がどれだけ広く共有されているかは覚束無い。だが,例えば経済(とくに通貨関係)に精通する高学歴アイドルのあいだあいさんは,今回の株価暴落に対して次のように書かれていて,「適切な危機感」だと思わず膝を打った。

 考えるだけで、震えてしまう。この分野が専門なだけに。とんでもない事態になっています。本当に色々備えなきゃ絶対ダメだよえーんえーんえーん
 (中略)
お仕事があって、ご飯食べれて、という普通の暮らしができなくなっちゃうという可能性の想定、あくまで、最悪のシナリオ考えなくちゃですよ。

 (「ブラックマンデー以来!(経済)危機感を」


 つまり今回の株価暴落が単にバブル崩壊というだけでなくて,私たちの生活に直結する大不況かもしれないと言っているわけだ。まあ,巷の経済学者とかエコノミストたちが言うことよりよっぽどまともなことを書かれているんだが,というか,彼女はもともと経済学で大学院修士課程を出ているインテリ女子。「経済状況と死刑制度の関係」をテーマに論文も書いていて,名大でも教えていたが,もう学問の道には興味はないようだ。もったいない話だが,そういう大きなテーマを追求してきた人というのは,やっぱり直観や見る眼が鋭く,専門家面してマスコミに出てくる連中よりも学ぶことが多い。

 さて,どうも今回の経済危機は,単に新型コロナ感染拡大という外部要因によるものとする見方が多いように思うが,日本に限っていえば,私はアベノミクスという経済政策そのものに根本的な原因があると見ている。つまりアベノミクスは,いずれは崩壊するほかないバブルを作り続けてきたわけである。何と7年も続けて。ガーン安倍政権誕生以来の株価上昇も,実は日銀・政府の強力タッグによる官製相場であることは,良識的な市民や学者からは正しく指摘されてきた。だから,何らかの外部ショック(戦争・内線,災害,パンデミックなど)が加わって,日銀・政府が相場を支えきれなくなれば一気に総崩れする。今はその始まりなのだろう。

 そこで私が今,疑いの目を向けているのは,これだけ株価が下がっているのに,思ったほど円高になっていないという点である。今日は108円にも達するほどの円安になっている。なぜなのか――
 外国為替市場介入
ひと言で言うなら,これが今の円安の背景にあるものだろう。私は,この為替政策に途方もない欺瞞と危険性が潜んでいると思うわけである。

 このことに気づいたのは,昨年,標記の熊倉正修さんの本を読んだ時だった。ちょっと専門的で難しい内容があるので,このブログでは紹介しなかったのだが,他のメディアやネットでも本書の書評はほとんどない。本書の構成は,
序 章 漂流する日本のマクロ経済政策
第1章 通貨政策1――日本はなぜ為替介入から卒業できないのか
第2章 通貨政策2――投資ファンド化が進む外国為替資金特別会計
第3章 金融政策――デフレ対策という名の財政ファイナンス
第4章 財政政策――「経済成長なくして財政再建なし」?
第5章 マクロ経済政策と民主主義――日本が生まれ変わることは可能か
となっているのだが,この中で特に目を引くのが第1~2章である。第3~5章はある程度予想されたアベノミクス批判だったのだが,第1~2章は,巷の経済論壇ではほとんど論じられていない論点であった。

 私も為替介入を全否定するつもりはないのだが,日本の為替政策が為替相場の安定化というよりも景気対策の性格が強いために,かえって為替相場を不安定にし,回り回って景気にも悪影響を与えている。日本の為替介入の仕方(円売り・ドル買い一本槍)が自国中心的というか,恐ろしく前近代的で一方的であり,しかも巨額である点が,本書では暴露されている。うーん,これが民主主義国家と言えるのかと首を傾げたくなるわけである。

 そもそも「円安は善,円高は悪」という考えを改めるべきだと本書は言っている。日本経済は円高に対して脆弱な体質になっているから,そういう観念に囚われてしまったのだ,と。

 円高が不況に直結しやすいのは,日本ではもともと製造業・非製造業ともに不採算企業や低利企業が多く,外的なショックに対して脆弱だからだと思われる。(本書p.36)


 また,輸入価格の下落という円高のメリットが国内の流通過程で減殺されてしまうために,円高の好影響が広まりにくいことも本書では指摘されている。

 筆者の熊倉さんは,ちょっと市場原理主義や財政規律主義の傾向があって,同意できない点もあるのだが,通貨・金融面で本書に書かれていることはほぼ妥当な内容だと思う。特に
 「外国為替資金特別会計(外為特会)
のカラクリをスッパ抜いたところは,本書のアベノミクス批判という戦略上,重要である。その点を少しだけ紹介してみる。

 円売り介入をする場合,財務省は外為特会から3ヵ月ものの政府短期証券(FB)と呼ばれる割引債券を発行し,それを市場で円に変え,外為市場で一方的で巨額な「円売り・外貨(ドル)買い」をすることによって円安を進めてきた。

 問題は、こうした過去の「円売り・ドル買い」一本槍の為替介入の結果として,外為特会に百数十兆円(2018年末で約128兆円)もの外貨準備が累積しているという現実である。そして,その外貨から上がる収益が政府の一般会計へ無制限に流入し続けていて,その金額は毎年約3兆円にも上るという。

 日本政府はこれらの外貨資産に関して他の先進国のようにリスク管理や情報公開を義務付けられておらず,いつの間にか外貨準備が投資ファンドのようになってしまった。また,外為特会自体がいつの間にか政府の一般会計の歳入不足を補填するための子会社のようになってしまい,実質的に放漫財政を助長している。(本書p.8)

 こういう外貨資産はリスクも抱えているわけだが,それが抱える含み損益は明らかになっていない。この外為特会の中身について,例えばどこの国のどんな資産をどれだけ保有しているのかといったことさえ一切公開されていないのだ。世界の先進国で日本ほど公的外貨資産の情報が公開されていない国はないという。

 こうした為替政策がもっぱら財務省の一部局に任されていて,外部からのコントロールや規律が全く効いていない点が,諸外国との違いであり,日本のマクロ経済政策における最大の問題点だと筆者は指摘する。

 要するに,こういう日本オリジナルの為替政策は,円安に誘導する景気対策であるとともに,
 財政赤字を隠蔽するという隠れた役割
も持っていたのである。(もうね,やってることが近代国家ではないのだ。どこの独裁国家かと疑いたくなる。)

 実はこういうゴリ押し・巨額の「円売り・ドル買い」を始めたのが,財務官時代(1999年~)の黒田(現日銀総裁)であった。おそらく安倍は,黒田のリフレ派としての手腕よりも,こういう強引で独裁者的な為替介入の「実績」を買って,日銀総裁に抜擢したのではないか。このような為替操作→円安を強引に続ければ,財政赤字を糊塗できるし,輸出企業の業績も改善でき,株価も引き上げられると安易に考えたのだろう。なお,このような為替介入によって,より直接的に経済をコントロールしようという発想・考え方は,安倍の祖父・岸信介から受け継いだ国家統制型経済という構想にその水源を遡ることができるだろう。(この安倍の国家社会主義的側面については,鯨岡仁『安倍晋三と社会主義』朝日新書に詳しい。)

 同氏(黒田)は金融市場と対話しながら慎重に政策を運営するタイプではなく,力で市場をねじ伏せようとする傾向が強い。均衡為替レートを十分に意識せず,外国の協力なしに巨額の単独介入が頻繁に行われるようになったのもこの時期からである。(本書p.47)

 このように考えると,黒田氏が日銀総裁として推進してきたこと(異次元緩和)と,財務官時代にやったことが酷似していることに気付く。財務省がFBを発行して事実上無制限に外貨を買い入れることができるのと同様に,日銀が貨幣(日銀当座預金)を発行すればいくらでも公債を買い入れることが可能である。しかし外貨や国債を買うのは簡単だが,市況に大きな影響を与えないようにそれらを処分するのは至難の業である。(本書p.130)

 財務省は今日でも外貨資産の収益を機械的に再投資することを続けているという。このようなことをしている国が他にない以上,これは実質的に外貨(ドル)買い介入を行っているのに等しい。また,2013年からの異次元緩和が為替介入と同じ役割(円安誘導)を担っていることは言うまでもない。

 ザックリまとめれば,これまでは為替介入こそが,リスクや欺瞞を抱えながらも,兎にも角にも日本の経済と財政を支えてきた。だがこういう為替介入がいつまでその効果を持続できるのか,全く不透明である。コロナショックの今もまだ円安基調を保っているが,いつまでもこの円安が続く保証はない。この円レートは市場力学によるものではなく,官製相場の最たるものだからだ。そのうち外貨資産が下落し,為替介入が効かなくなって円高が進めば,日本は大量の失業を伴った大不況時代に突入するのではないか。また外為特会のインチキがバレて,日本の信用が堕ち,国債が暴落してデフォルトするなんていうシナリオも,全く非現実的だとは言えないだろう。そうなったら一体誰が責任を取るんでしょうか。政府・財務省や日銀はどう責任を取るんですかね。「第二の敗戦」になって被害を蒙るのは私たち市民や国民なんですけど…。感情を排して論理的に考えようとすればするほど,最悪の想定に戦(おのの)かないではいられないのである…。