総力戦体制
である。そこでは国家の役に立たない者,余計な費用のかかる者は,それだけで無条件で排除される。つまり総力戦体制のもとでは,ある一人のかけがえのない個人などどうでもいいのだ。

アベ政権が進める「働き方改革」,特にその中心をなす残業代ゼロ法案(高度プロフェッショナル制度の導入と裁量労働制の拡大)は,労働力商品を効率的に使い尽くす仕組みをつくるという点で,総力戦体制にとっては合理的なシステムである。小泉政権時の派遣法改悪から今日の残業代ゼロ法案に至る労働法制の改悪は,すべて総力戦体制への道であった。
今政府が成立を目論む残業代ゼロ法案は,私たち働く者すべてを総力戦体制の中に組み入れ,時間無制限(24時間・365日)の超低賃金奴隷として強制労働させようというもの。私たちは,強制収容所=監獄の囚人のごとく働かされ続けることになる。
アベノミクスの実態をデータにもとづいて明らかにした好著,明石順平『アベノミクスによろしく』(インターナショナル新書)は,残業代ゼロ法案についても次のようにわかりやすくポイントを解説してくれている。
残業代ゼロ法案とは
「高度プロフェッショナル制度の導入」と
「企画業務型裁量労働制の拡大」
の2つからなるもの。(本書p.171)
「高度プロフェッショナル制度の導入」と
「企画業務型裁量労働制の拡大」
の2つからなるもの。(本書p.171)
高度プロフェッショナル制度というのは,高度の専門職にある人の残業代(深夜割増・休日割増含む)をゼロにするものだ。法案では年収が労働者の平均年収額の3倍程度の人が対象となっている。この制度の対象になると,残業代がゼロになる上に,労働時間,休日,休憩時間に関する労働基準法の規制がすべて外されてしまう。(本書p.157)
「高度プロフェッショナル制度」は,当初こそ年収1075万円以上の人を対象としている。しかし改正が繰り返され,最終的に経団連の目標である「年収400万円以上」が対象とされる可能性が高い。(本書p.171)
「企画業務型裁量労働制」は,何か企画して業務を管理する人や,法人相手の営業マンが対象となる。対象者は,実労働時間に関係なく,あらかじめ決められた時間働いたと「みなされる」。その結果,残業しても残業したことにならない。最大の問題点は,年収要件がないこと。例えば年収200万円の人も対象になってしまう。(本書p.171)
残業代がゼロになれば,ますます残業に対するブレーキが働かなくなり,過労死,過労自死,過労うつが増えていくことになるだろう。犠牲になるのは自分かもしれないし,自分の家族や友人かもしれない。これは単なるお金の問題ではなくて,命に直結する問題だ。(本書p.165)
今回,政府は裁量労働制拡大の方は提案を見送ったようだが,いずれまた提案してくるだろうし,高度プロフェッショナル制度は法案に盛り込まれたままで,労働者の囚人化・奴隷化が進むことに変わりはない。とにかくこの残業代ゼロ法案は潰さないと,総力戦体制の中で労働者が疲弊し,過労死が頻発する世の中になってしまう。その結果,経済も衰退し,あとは戦争だけが日本の生命線になってくるだろう。
そこで,いろいろと脱線するようで恐縮だが,私はこういうアベ政権の「働き方改革」を,『女工哀史』の世界とのアナロジーで見てしまう。今から90年以上前に出た細井和喜蔵のこの本を今読む人はほとんどいないだろうが,私はここに描かれているものこそ「働き方改革」の本質を示していると思う。その意味で,日本の近代は100年かかっても『女工哀史』の世界を克服できていない。
先ほど「働き方改革」によって日本の労働環境は強制収容所=監獄のようになると書いたが,「糸を引くのも国のため」「生糸で軍艦を買う」と言われた20世紀初頭の日本でも,富国強兵に動員された女工たちの働く製糸工場や紡績工場は,まさしく監獄状態だった。下は,『女工哀史』に載っていた詠み人知らずの女工小唄である。
会社づとめは監獄づとめ 金の鎖がないばかり
そして次の唄は,まさに「働き方改革」の本質を突いている。
ここの会社の規則を見れば 千に一つの徒(むだ)がない
この女工小唄に歌われているように,むだ=コストを徹底的にカットすることこそが企業の利潤極大化につながる。裁量労働制の全労働者への拡大はコストカットを限界まで追求するものであり,その点で経済成長と軍事力を両輪とする総力戦体制にとっては不可欠な法制度である。
先ほど書いたように,裁量労働制の拡大などの「働き方改革」は,低賃金・長時間労働を助長し,労働者を過労死させる仕組みにほかならない。『女工哀史』の時代,労働者の命は蚕の糸よりも軽かった。アベノミクス「働き方改革」は「女工哀史」の現代版である。こんな法案は絶対許してはいけない。オリジナルの『女工哀史』を読んで,そのことを強く思う。
法案流れて 国会焼けて 首相コレラで死ねばよい
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