「私たちはここからどこへ行くのか」――
これは,掲題の本の最終章タイトルなのだが,この問いかけが,特に日本にとっては重大な意味を持っているように思った。
本書は,1997年に『アメリカ下院のはぐれ者』という題名で出版された自伝本を,2015年に『ホワイトハウスのはぐれ者』と改題して再刊(「まえがき」と「解説」を追加)したものの日本語訳である。だから1997年までのサンダースの足跡しか書かれておらず,ちょっと肩透かしを喰らう。1997年以降,2015年の民主党大統領候補者指名選挙あたりまでのサンダーズの活動については,「解説」が補ってくれている。
このようにちょっとネタが古いにもかかわらず,私にとってとても興味深かったのは,約20年前の米国が,今の日本が進んでいる方向を映し出しているように見えた点である。
サンダースが書いた本文は,1997年までの米国の現実との闘いの軌跡である。サンダースは,働く人々,貧しい人々,弱い立場の人々,つまりは米国国民の大多数を占める「はぐれ者(outsider)」に味方して,アメリカの経済や政治を支配するひと握りの富裕層や大企業と闘った。その地道な活動が多くの支持を集め,1997年までに,(民主党,共和党のどちらにも属さない)無所属としてヴァーリントン市長や合衆国下院議員を務めた。
そうしたサンダースの闘争は,99%の生活と利益を守るための運動として近年のウォ-ル街占拠デモ(OWS)の先駆けとなり,そして今回の民主党候補者指名選挙での大躍進へとつながっていく。大統領選で突如現れたリベラル左派のヒーローに見えたサンダースだが,実際には,本書に書かれているように幾多の苦難を乗り越えた末にようやく辿り着いた大統領選だったのである。その間,労働者階級や中間層の側に立つ彼の政治的立場は一貫している。
さて,20年前の段階で米国は,すでにかなりの格差・貧困大国になっていることが,本書を読むとよく分かる。サンダースの人生は,そのアメリカを支配する1%の勢力との闘いであったわけだが,この20年前の米国がいろんな点で,今の日本と重なるのである。
アメリカ人の最も豊かな一パーセントは,一九七六年にはこの国の富の一九パーセントを所有していたが,今では四二パーセントを所有している。一九八三年から一九八九年の間に,この国の富の増加分の六二パーセントがトップ一パーセントの手に渡り,富の増加分の九九パーセントが上から二〇パーセントの手に渡った。アメリカの主要企業の最高経営責任者は今,労働者の一七〇倍の稼ぎを手に入れている。この最高経営責任者と従業員との格差は,主要国で最も大きい。・・・
他方,過去二〇年の間,アメリカの家族の八〇パーセントが経験したのは,所得の減少もしくは停滞だった。・・・
給与表のいちばん下にいるアメリカ人は,今や先進国でいちばん安い労働者だ。フルタイムの仕事をしている労働者の一八パーセントは,その賃金では貧困水準以下の暮らししかできない。現在,アメリカで新しく生み出される雇用の大半は,時給わずか六・00ドルから七・00ドルで,医療保険も退職金もなく,有給の病気休暇も私的休暇もない。今やこの国の労働力の三分の一は「非正規」労働で,雇用の保障が全くない。
(本書p.335~p.336)
他方,過去二〇年の間,アメリカの家族の八〇パーセントが経験したのは,所得の減少もしくは停滞だった。・・・
給与表のいちばん下にいるアメリカ人は,今や先進国でいちばん安い労働者だ。フルタイムの仕事をしている労働者の一八パーセントは,その賃金では貧困水準以下の暮らししかできない。現在,アメリカで新しく生み出される雇用の大半は,時給わずか六・00ドルから七・00ドルで,医療保険も退職金もなく,有給の病気休暇も私的休暇もない。今やこの国の労働力の三分の一は「非正規」労働で,雇用の保障が全くない。
(本書p.335~p.336)
アベノミクスは,この20年前の米国のデジャビューに見える。その後,米国はさらに1%に富を集積して,格差を極大化し,貧困層を沈殿化させて(underclass),現在仁至っている。米国は,サンダースが目標としたところとは全く逆の方向に進んでいったと言わざるを得ない。共和党も民主党もウォール街と軍産複合体に牛耳られて総保守化し,労働者や中間層の利害を代表する政党や政治家は今や完全に消滅してしまった。
日本は20年前の米国を後追いしていくのか。TPPの批准は,日本の米国追随を決定的なものにするであろう。今なら,日本はサンダースの闘いに学んで,20年前の米国を反面教師にすることができるのではないか。サンダースの経験によって,私たちが闘うべき対象が何であるかは明確になっている。今こそ,リベラルの側に社会の中心軸を戻すべきときだ,と思わないではいられない。
誰かが労働者階級と中間層を代表して,この国の経済と政治に対してあまりに大きな力を持っている大企業や金持ちの利害に立ち向かわなければならないということです。(本書p.402)
またサンダースは,政府には果たすべき重要な役割があり,予算の優先順位を見直せば財源の問題も解決できることを,歯切れよく述べている。これも,財源を理由に次々と社会保障を切り捨てていく,どこかの国の政府に聞かせてやりたい言葉だ。
政府には,世の中を暮らしやすく安全にするための,きわめて大きな役割があるのだ。
(中略)
軍事費と企業優遇を削減すれば,アメリカのニーズを満たすには充分なお金が得られる。
(中略)
財政を均衡させるためには,貧しい子どもたちの栄養プログラム,メディケア,メディケイド。公的年金といった,切実に必要とされるプログラムを削らなくてもいい。財政均衡に向かいつつ,人々の生活を良くする幅広い分野の財源を大幅に増やすことができるし,その過程で,まともな給料の雇用を数百万も生み出すことができる。企業の利害よりも人々の利害を優先し,国家の優先順位を根本的に変える覚悟を持てば,私たちにはできるのだ。
(本書p.357~p.358)
(中略)
軍事費と企業優遇を削減すれば,アメリカのニーズを満たすには充分なお金が得られる。
(中略)
財政を均衡させるためには,貧しい子どもたちの栄養プログラム,メディケア,メディケイド。公的年金といった,切実に必要とされるプログラムを削らなくてもいい。財政均衡に向かいつつ,人々の生活を良くする幅広い分野の財源を大幅に増やすことができるし,その過程で,まともな給料の雇用を数百万も生み出すことができる。企業の利害よりも人々の利害を優先し,国家の優先順位を根本的に変える覚悟を持てば,私たちにはできるのだ。
(本書p.357~p.358)
本書を読む限り,サンダースの政治的主張は,「社会主義」とか「政治革命」とか仰々しいスローガンを掲げている割には,それほど左翼的でも急進的でもない。ごく良識的なリベラルといった印象を受ける。チョムスキーが言うようにニューディール期の民主党的な立場に近い。私の期待に反して,本書の中にはケインズやガルブレイスなど経済学者の名は出てこなかったが,古き良きニューディールの伝統を受け継いで,国民の現実の生活や経済を改善することに力を注いだ正統派リベラルの政治家であることは間違いない。理論派というよりは直観型,情熱型の人間味あふれる政治家というイメージも受ける。地に足をつけ,リベラルの理念をこの世に実現しようという強い意志が,本書からは伝わってくる。こんな不屈の政治家が今,日本にいるだろうか。無い物ねだりをしても詮ないのだが,それを思うと,冒頭の問いが重たい。私たちはここからどこへ行くのか――。「はぐれ者」である私たち一人一人がサンダースになって,「政治革命」をやっていかなくてはならないということだろう...。
第一に,私たちは,人種差別,性差別,同性愛差別を,この国から跡形もなく取り除かなければならない。すべての人にまともな仕事を提供し,若者により良い教育を提供することが,その取り組みの要になると私は確信している。リベラル派の多くは,ただ偏見に「反対」することだけが,公正で公平な社会の実現に必要なことだと思っている。それは正しくない。すべての男女が,アメリカ社会に居場所――それはまともな給料の仕事のことだと私は考えている――を持つようになって始めて,嫉妬と不安から生み出される憎悪を根絶しはじめることができるのだ。そして,すべてのアメリカ人が,さまざまな侮辱に立ち向かえるだけの経済的なゆとりを持てた時にこそ,アメリカ人は偏見から解放されるだろう。
(本書p.362)
(本書p.362)
バーニー・サンダース自伝/大月書店

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