ハイエクの復活 | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 ヨーロッパ諸国が戦後築き上げてきた平和的体制の崩壊という観点から,今回のUKのEU離脱についてコメントしようと思ったのだが,そういう論評はたくさん出ているようなので,ここでは,穿った見方で,というか少し視点を変えて考えてみた。

 私は,イギリス国民に対して好意的に解釈すれば,今回のEU離脱はハイエクの復活ではないかと考えている。イギリス国民の選択・決断の背景には,移民問題や格差拡大,ナショナリズムなどがあることは確かだとしても,さらに奥に分け入って見れば,西欧文明をつくり出した個人主義的・自由主義的な伝統が崩壊していくことへの危機感がイギリス国民の中にあったのではないか,と思うわけである。西欧文明をリードしてきたイギリスこそが,率先してそういう西欧の伝統や諸価値を守りたい,守るべきだ,と。

 よく誤解される点であるが,ハイエクは単に社会主義やファシズムを批判して,フリードマン流の市場原理主義を説いた底の浅い思想家ではない。

 文明としての個人主義・自由主義に対する高い評価と,人為的な民主主義・設計主義に対する深い懐疑が,ハイエクの思想を特徴づける。そして,その底流に一貫して流れるのは,人間の知識・理性は不完全であるという認識である。人間の能力は不完全であるからこそ,人間は市場という秩序を歴史の中で育ててきた。市場というのは,いわば人間がつくり上げた文明・伝統である。その伝統に依拠することによって,人間は進化するのだ,と。

 EU市場というのは,ハイエクが考えた自生的秩序としての市場とは,似て非なるものだろう。EU市場が自生的なものならば,それぞれの国の市場の形成を媒介しながら,ゆるやかに相互浸透が図られていくはずである。だが実際に私たちが目にするのは,計画的に形成されていくEU市場へ,ヨーロッパ各国が接続を強要されていく構図である。

 EUの市場統合とは,まさにハイエクが批判した人為的な設計主義,すなわち計画経済・福祉国家の拡張版である。ハイエクから見れば,現在のEUは,人間に完全な知性があるという前提に基づいて,ヨーロッパを計画と金融工学で覆い尽くそうとする立法者的試みにほかならない。その点でEUは,根本思想においてソ連の社会主義となんら変わるところがなかったのである。だから,その崩壊も必然なものと見えたであろう。

 そうした意味においてハイエクは今も生きていると言わざるを得ない。だが問題はその先である。ハイエクの復活は何をもたらすのか。かつてサッチャー首相がハイエクを政治利用してマネタリズムを政策に取り入れたように,今後は新自由主義経済がますます加速し,政治的には保守回帰や極右勢力の台頭が起こるであろう。ハイエクというのは,その真意が理解されず,むしろ骨抜きにされて保守政治家やナショナリストに政治利用されやすい思想家なのである。その意味で大変危険な思想家だと私は思う...

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