終わりなき「3.11後」 | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 福島第一原発1号機で水素爆発が起こったのが5年前の今日3月12日。その後14日、15日にも爆発が起こった。テレビで見たあの衝撃的な映像はまだ目に焼き付いている。そういう人は少なくないのではないか。あの爆発自体は収まったとしても、私たちは爆発がもたらした放射性物質の中で今も生きている。というか、時計は3.11の前に戻せないから放射能汚染の中で生きるしかない。三基がメルトダウンを起こし、大量の放射性物質を空気中と水中に放出した歴史上最悪レベル7の原発事故が、5年程度で終わるものでないことは、30年前に原発事故を起こしたチェルノブイリの現状を見ても分かる。ヘレン・カルディコット医学博士は、福島の災害は「今後数千年たっても収束することはない」(『終わりなき危機』ブックマン社p.4)と断言する。そして、現在増え続けている福島の子どもたちの甲状腺がんについても「すべて福島第一原発事故が原因であることは医学的に議論の余地がない」とはっきりとツイートで書かれている(https://twitter.com/prisonopera/status/708387599992299520)。

 「がん・先天性異常・汚染された食物」――これらは、私たちが好き勝手に電気を使うのと引き換えに、また核兵器を造るのと引き換えに、将来の世代に手渡す負の遺産である。カルディコットが引用するアインシュタインの次の言葉も決して誇張ではない。

 原子力の抑制がきかなくなったことですべてが変わったが、我々の考え方は変わっていない。だから、我々はかつてない破滅的結末へと向かっているのだ(『終わりなき危機』p.12)

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 「3.11」は毎年1回限りであるとしても、「3.11後」は終わることはない。何年たっても終わらない。それは、3.11前と3.11後とで世界が大きく変わったということも意味する。私はそう認識しているし、例えば先日読んだ堤未果さんの『もうひとつの核なき世界』(小学館文庫)ではこう書かれている。

 ドイツのキール海洋研究所が出したシミュレーションによると、福島第一原発からの放射性物質による海洋汚染は事故四年目に北米西海岸をおおい、十年目に太平洋全体をおおうという。しかもこの試算が対象にしているのはセシウム137のみであり、セシウム134,ストロンチウム90,トリウムなど、他の核種は考慮に入っていないのだ。(『もうひとつの核なき世界』p.219)

 こうした状況は当然、私の中にあった価値観や物の見方、生き方にも修正・変更を迫るものであった。が、3.11後の世界とどう向き合ったらよいか、正直なところまだ分からず試行錯誤の状態にある。そんな中で昨日の3月11日、ブロ友さんたちのブログを読み、3.11の個人的な記憶とともに被災地へ寄せる思いや3.11を忘れないという強い決意・誓いに触れて、出口の見えない暗闇の中でも前向きに生きていこうという気持ちになれた。

 しかし一方で、天災と人災の複合災害である3.11を天災に解消し、「3.11後」(原発事故)は終わったとして忘れさせようする勢力も存在する。昨日は、InterFMというFMラジオ局で毎週金曜日に放送している「フラッシュポイント」(HP→http://www.interfm.co.jp/flashpoint/)という番組が今月末で終了するということを聞いた。原発とか現政権には批判的な姿勢をとっている番組で、自然エネルギーの推進とかアフガニスタンの子どもたちへの文房具支援などをやっているいい番組だったのだが、どういうわけか突然の終了となってしまった。そこに何らかの圧力が働いたと考えるのは自然だろう。大手テレビ局のニュースキャスターの首をすげ替えるくらいだから、あのような小さなFM番組を終わらせることくらい赤子の手をひねるようなものなのだろう。国谷や古館や岸井など有名キャスターの降板はネットなどで問題になったけれども、週一のラジオ番組が一つ終わったくらいではネットの話題にもならないだろう。こうしてメディアもネットも、大物小物かかわらず、現体制に批判的な言説は抹消されていく。テレビもラジオもSKE一色になっていくのだろう。昨日は、一億総白痴化計画が身近なところでも進んでいるのを実感した1日でもあった。本当にかなりヤバイ状況になってきた気がする。

 昨日も書いたけれど、今、国家が推進する「一億総何チャラ」とか「すべての女性が何チャラ」とかいう国民精神総動員的な流れに対しては、最後の砦として私たち市民一人一人が持つ「あそび」の精神で抗っていくしかない。

 歴史をかへてゆくのは、革命的実践者たちの側ではなく、むしろやさしさに唇をかんでゐる行為者たちの側にあるのだから。
  (『寺山修司全歌集』講談社学術文庫p.332)

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