高橋哲哉『沖縄の基地問題――「県外移設」を考える』(集英社新書) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 本書の著者・高橋哲哉さんの本を読むのは,『靖国問題』,『犠牲のシステム 福島・沖縄』に続いて,これで3冊目である。本書は『犠牲のシステム 福島・沖縄』の姉妹編,続編として位置づけられよう。すなわち,本書では沖縄の米軍基地に焦点を当て,沖縄で広がりつつある「県外移設」要求に真正面から向き合い,真剣に考えて応答した画期的な著作である。高橋さんは,いつもアクチュアルな論争的な問題について,理路整然と明快に説き明かしてくれるので,私としても大変勉強になり刺激を受けている。ただ,その明快で踏み込んだ発言ゆえに批判に晒されることも多いようだが,靖国の問題にしろ,福島や沖縄の問題にしろ,基本的に私は高橋さんの立場を支持している。「県外移設」要求に対する本書での高橋さんの応答も,まっとうなものとして基本的に同意する。

 本書でも高橋さんの主張は明快である。すなわち,本土(ヤマト)の日本人は直ちに沖縄の米軍基地を引き取るべきである,というものである。


 日米安保体制,自衛隊,憲法九条の三者セットで成り立ってきた戦後日本の「平和」は,沖縄を犠牲とすることで初めて可能だったのではないか。戦後の「平和」の「現状維持」論(注:内田樹の論)は,沖縄の米軍基地問題を放置することにならないか。(本書p.25)



 県外移設は,沖縄人が,憲法のもとに平等であるべき日本国民のなかで受けてきた不当な差別から解放されるための,当然の要求なのである。(本書p.41~p.42)



 県外移設要求は正当であり,それに応えるのは「本土」の責任である。なぜなら,在日米軍基地を必要としているのは日本政府だけでなく,約八割という圧倒的多数で日米安保条約を支持し,今後も維持しようと望んでいる「本土」の主権者国民であり,県外移設とは,基地を日米安保体制下で本来あるべき場所に引き取ることによって,沖縄差別の政策に終止符を打つ行為だからである。(本書p.184~p.185)



 本書を読み進めていくうちに,自分の中に「内なる植民地主義」「無意識の植民地主義」というものが潜んでいることに気づかざるをえなかった。あるいは,大江健三郎さんの言葉で言えば,「本土の日本人のエゴイズム」「日本の『中華思想』的発想」といってよいかもしれない。確かに安保廃棄や基地の永続化阻止を理由にして,県外移設を中途半端で不当なものとして反対することは,無意識のうちに表れる沖縄に対する差別,植民地主義的発想であるかもしれない。もし本土に米軍基地を置くとなれば,かつての岩国のように強い反対運動が起こるにちがいない。だから政治的に本土移転は無理なのか。しかし,では沖縄の基地反対の意思はどうなるのか。沖縄こそ日本で最も強く基地反対を訴えてきた地域ではないか。なぜ沖縄に基地を集中させることは許容するのか。こういう根源的な問いを自らにぶつけるとき,私(たち)の中に巣くっている沖縄差別の感情と論理に気づかざるをないのである。野村浩也氏の言葉で言えば「権力的沈黙」,また知念ウシ氏によれば「シランフーナー(知らんふり)の暴力」である。いずれも私たち本土の人間の心性を鋭くえぐり出す言葉である。

 ところで私は,今では少数派であるかもしれないが安保反対,基地即時撤去の立場である。沖縄であれ本土であれ,米軍基地は要らないと考える。だから私は,本書の第一章・第二章では,本土の日本人が日米安保条約を支持し,米軍基地を是認しているという前提で議論が進められていくことに正直,違和感を覚えながら読んだ。しかし第三章で高橋さんは,このような「反戦平和主義」の立場からの異論に対しても理路をはっきりさせて応え,ダメ出しをしている。すなわち,日米安保を前提に置くことと,それを不問に付すこととは別である。県外移設を認めることは,必ずしも日米安保体制維持と結びつくわけではないし,安保破棄という目標と矛盾するわけではない,と。


 ・・・私は日米安保条約維持に賛成するものではない。反戦平和運動が「安保廃棄,全基地撤去」を目標とすることにも違和感はない。問題は,反戦平和運動が今日でもそうした目標を掲げ続けることで,沖縄からの県外移設要求に向き合うことができずにいることである。
 反戦平和運動は,日米安保条約を廃棄すれば在日米軍基地を撤去でき,したがって沖縄の米軍基地もなくすことができる,と主張してきた。だが実際には,「安保廃棄,全基地撤去」を金科玉条のように唱え続けることで,むしろ県外移設に反対する側に立ち,「県外移設」という考え方をタブー視する傾向さえあった,というのが現実である。

 (本書p.98~p.99)



 上の引用にもあるように,高橋さんは最終的には安保破棄・基地撤去を目標とする立場をとっている。つまり最終目標は反戦平和運動と共有しているわけである。だから,(本書ではそのようなはっきりした表現はないが)高橋さんの議論は,いわば二段階論であって,県外移設は戦術論として位置づけることができよう。すなわち,まずは沖縄の基地をなくし,次に本土で基地撤去・安保廃棄を闘い取るというものである。その意味では県外移設論というのは現実的な議論であり,ガチガチに凝り固まった左翼闘争主義でない限り県外移設の要求は受け入れることができるのではなかろうか。いや,受け入れなければならないだろう。しかし,それでも改めて強調したい点は,県外移設によって安保という本丸,戦略目標が消えてなくなるわけではないということである。そこを見失いさえしなければ,私は本書の県外移設論に賛成である。


 「安保廃棄,全基地撤去」。この約束は何十年経っても果たされていない。今後も「奇跡的に早く進んでも,何十年もかかる」というのであれば,沖縄の人びとから「もう待てない」と言われても仕方がないだろう。安保廃棄をいくら唱えても,それが実現していない限り,「本土」の安保反対者たち自身も沖縄の基地負担分を免れる利益に預かってきたのだし,今後もその構造は変わらない。県外移設を否定して安保廃棄を唱えるのであれば,少なくとも,いつまでに安保が廃棄できるのかを示さない限り,無責任と言われても仕方がないのではなかろうか。(本書p.102)



 県外移設ではなく「安保廃棄」のもとにしか連帯できないとして,何十年も不平等を解消せずにいるのと,県外移設による平等負担を受け入れ,「安保廃棄」は(日本の有権者の九九%を占める)「本土」の責任として引き受けるというのと,どちらが沖縄の人びととの連帯を可能にするのか。(本書p.105)



 「本土」の側がなすべきことは,とりわけ反戦平和運動であればなおさらなすべきことは,沖縄を反基地運動の必要がない島に戻すこと,沖縄の人々が普通の生活者として安心して暮らしていけるようにすること,すなわち,沖縄の米軍基地問題を「本土」の責任で解消することである。(本書p.111~p.112)



 つまり,安保条約をどうするかは「本土」の有権者の意思にかかっているのであって,「本土」の国民の責任なのだ。日本の反戦平和運動は,県外移設を受け入れたうえで,「安保破棄」は「本土」で,自分たちの責任で追求するのが筋なのである。(本書p.115)



 本書の不満を少し述べさせてもらうなら,本書では県外移設の問題に集中しているため仕方ない部分はあるのだが,もう少し県外移設後の展望を明確に示してもらえれば,県外移設論ももっと説得的になり,賛成する読者も増えたのではないだろうか。その将来の展望に関して,いわゆる二段階論で安保廃棄・基地撤去を実現して米国依存を脱し,近隣諸国との信頼醸成に努めながら東アジアの中で安全保障秩序を構築するという将来像を高橋さんは示唆的に示しており,それは共有するのだが,それにしてももう少し視野を広げて安全保障問題を考えてはどうか,とも思う。すなわち,今も米軍基地を抱えるか,あるいはすでに米軍基地の返還を実現した中南米などの非同盟諸国と日本は連携して米国を囲い込み,米国の勝手な振る舞いに縛りをかけていく外交の方向を追求することをもっと考えてよいのではないかと思うのである。あまりそういう言説が高橋さんをはじめとした批判的な知識人や政治家から出てこないことを不満に思う。遠い未来のことかもしれないし理想主義と一笑に付されるかもしれない。しかし,そういった先の明るい見通しがあってこそ人は行動に踏み出せるし,全く先の見通しが立たない暗闇の中ではどの方向に進んでいったらよいか分からないだろう。だからこそ知識人や政治家にはもっと理想やビジョンを語ってほしいと思うのである。

 本書を特に読んでほしいのは,沖縄を犠牲にし利用して「平和」のうちに生きてきた私のような「本土」の人間である。賛成するにせよ反対するにせよ,「県外移設を受け入れよ」という本書の問題提起をしっかりと受け止め,いま一度,沖縄の基地問題について考えてほしいと思うのである。またもっと広く,沖縄とどう向き合うのかを考えるのにも,よいきっかけになると思う。

 なお本書第四章(p.130以降)は,沖縄で県外移設に一貫して反対している新城郁夫氏に対する批判でほとんどが占められていて,重要な論点もあるが,ちょっと哲学的で複雑になるので,面倒なら割愛してよいと思う。第一章から第三章までで筆者の主張はつかめるので,時間がない方でもすぐに読めます。参考までに。

沖縄の米軍基地 ─「県外移設」を考える (集英社新書)/集英社

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