白・黒・黄色 野間宏
白の横に置かれた黒
白の横に置かれた黄
このように置かれた白と黒と黄色は一体何の色だろう
そして白と黒と黄色を差別するものを
てらしだすのは何色だろう
死のほかにはとり去ることのできない,
黄色の自分の色を奪われ
くずれたせんい組織をむきだしにして
私の眼にひろがるひとの肌は
白と黒と黄色の心を知っている
(中略)
白と黒,黄と白,黒と黄,
世界と人間をくずしつくす心をもったひとの色は何色だろう。
この肌はどのように弱い感光板をふるわせたのだろう。
中央のやけただれた首筋をとりかこむ
黒い空間さえかすんでいる。
これは,ビキニ環礁で行われた水爆実験の直後に出版された『死の灰詩集』に収められたもの。不幸にも原爆・水爆の被害を受けた日本人の一人として,核戦争を防ぐ人類の立場を詩で表したものであり,またその立場に立ってこそ人種差別もなくすことができることをうたった詩である。その後日本人はさらに原発事故の被害も経験した。20世紀が21世紀に残した課題であり,人類全体の問題でもある原子力問題を,詩によって捉えるということは困難であろうが,その意味でこの問題に向かった『死の灰詩集』の意義は深いし,今後もこの努力が一層必要であると感じる。それがなされなかったことが原発事故を招き,また懲りない原発再稼働の動きを許してしまったとさえ思えるからだ。核兵器使用や原発事故による人類全体の危機を全力を尽くして切り抜けようという意識が,日本人の中でなくなったわけではないが希薄化してしまったことは残念ながら認めねばならない。政治やメディアにも原因があるだろう。だが人の心を動かすのは,何より詩や文学,芸術などの作品であり,物語である。理想,イメージ,想像力の源泉も一つはそこにあるはずだ。放射性物質を放射性物質としか表現できず,せいぜいセシウムとかトリチウムとかの具体的な物質名か,あるいはベクレルやシーベルト等の単位の大小でしか原子力の恐さを表せなくなった日本の言論。「黒い雨」「死の灰」といった文学的表現はもはや禁句とされてしまったかのようだ。上の詩にある,
「白と黒と黄色を差別するものをてらしだす」
「くずれたせんい組織」
「死のほかにはとり去ることのできない,黄色の自分の色を奪われ」
「この肌はどのように弱い感光板をふるわせたのだろう」
から何を感じ,何をイメージするだろうか。
いみじくも作者自身がこの詩について次のような解説を書いている。
私のなかに生まれてきたのは,新聞にのった第五福竜丸の被害をうけて,ケロイド状態にただれた船員の背中の写真のイメージである。その写真は,全体がくもっていて,焦点もはっきり結ばれていなかったが,それは写真技師に聞いたところ,背中に死の灰をあびたために,背中から放射能が出ていてフィルムの感光板に作用したためではないかという。私はこの「死の灰」をあびたひとの背中のイメージによって,白と黒と黄の発想を,全体のなかにみちびき展開しようと考えたのである。
くたびれた理想主義と揶揄されるだろうが,私は核兵器や原発を本当になくしていくには,原子力のイメージを全人類が創造共有し,心を結び合って進んでいくしかないと考える。だから,古いけれども人類的立場に立った上の詩に今でも共感が止まない。上の詩にも見られるように,原子力のイメージを創造するに日本人は世界をリードしていく使命があると思うし,その歴史的地盤や経験も十分備えているはずである。
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