砂川事件から考えれば・・・ | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 先週の新聞報道(4/8付中日新聞・朝刊)などによれば,砂川事件の第一審判決(伊達判決)が1960年の日米安保改定の遅れに影響を与えていたことが,米公文書の開示によって明らかになった。伊達判決を覆す最高裁判決が出るまで新安保条約の提出は無理だという判断を,日本政府が駐日米大使に伝えていたという。伊達判決が安保反対派に都合のいい論拠を与えることを,日本政府が恐れていたことを窺わせる文書である。また,最高裁長官の田中耕太郎が最高裁判決の前にアメリカ側と接触して「在日米軍=合憲」の判断を固め,「全員一致の判決」見通しを事前に米大使に伝えていたことも明らかになった。

 一審の伊達判決とは,米軍駐留を違憲とした判決(59年3月)。これに対して,検察は高裁をすっ飛ばして跳躍上告をし,最高裁判決では一審が破棄されて差し戻しとなった(59年12月)。一審判決からわずか9か月という異例のスピード判決。ここに安保改定を強行する上での何らかの政治的判断があったことは容易に予測されたが,それが今回の公文書開示で,アメリカの政治的圧力という実態が明らかになったわけである。

 砂川事件の最高裁判決は,いわゆる統治行為論(高度な政治的判断を有する問題は司法判断に馴染まないとする考え)によって憲法9条に関する判断を回避するというパターン判決の嚆矢をなしたものである。ところで今,手許に高校政治経済の資料集がある。ここには砂川事件や長沼ナイキ訴訟,百里基地訴訟などが詳しく紹介されているのだが,今,高校や大学で,こういう在日米軍や自衛隊と憲法9条をめぐる裁判所の判断についてちゃんと教えられているのだろうか,とふと疑念を抱く。今回の砂川事件に関するマスコミ報道もあまりに小さい。今日の風潮というか人々の意識関心の低さを見れば,砂川事件の風化を感じざるをえない。

 砂川事件の最高裁判決は,その後の司法の消極的・反動的姿勢を決定づけた先例という意味で極めて重大な判決である。しかも,その最高裁判決にアメリカの意向が強く働いていたとするならば,司法の独立とは,日本の主権とは一体何だろう,という思いに駆られる。

 今回の秘密文書の開示・調査を受けて,砂川事件は今後,憲法9条と在日米軍の問題だけでなく,司法の独立の問題に光を当て,さらには日本の主権という問題まで問いかけるべく射程を広げるだろう。となれば,日本が本当に独立を回復したのはいつだったのか,今,本当の意味で独立国と言えるのか,ということが砂川事件の再検証を通じて問われなければならない。今も砂川事件は終わっていないし,安保も終わっていない。この度の砂川事件の暴露でそのことを強く感じた。

 そういう意味では,サンフランシスコ講和条約の発効を祝う「主権回復の日」の式典などやっている場合だろうか。沖縄県知事はこの式典を欠席することを表明しているが,県民感情を考えれば当然だろう。沖縄県民の思いは,かつて砂川闘争を闘った人々の思いとつながっている。当時,立川(砂川町)は今の沖縄の普天間や宜野湾と同じ状況にあったからだ。砂川事件は本土でも米軍基地に反対し,その意味で真の独立のために闘う人々がいたことを教えてくれる。そういう過去を忘れ,また沖縄県民の気持ちを無視して,変梃な式典を強行する安倍首相のセンスを私は疑う。

 なお,第一審の判決文を書いた一人である松本一郎さんが,テレビのインタビューで,「私はやはり,日本は日本であるべきだと。(判決当日は)やるべきことをやったと,割と淡々としていた」と話していたのが印象的であった。「日本は日本であるべきだ」―――これが伊達判決の主張であり,その伊達判決が主権回復の第一歩になるのを妨げたのはアメリカの干渉であり,それに屈した司法である。

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