死出の道艸――スガの命日に | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 管野スガ(雅号,幽月)は死刑判決後,遺稿「死出の道艸(みちくさ)」を獄中で書き遺した。その書き出し―――


 死刑の宣告を受けし今日より絞首台に上る前まで己を飾らず偽らず自ら欺かず極めて率直に記し置かんとするものなれ
  明治四十四年一月十八日   須賀子      (於東京監獄女監)


 以前,幸徳秋水の遺稿「死刑を前に」を読んだときには,死刑を前にした秋水の落ち着いた態度,我が人生に悔いなしというような清々しさが印象に強く残ったが,スガの遺稿には事件の真相解明への強い意志や権力の走狗たる検事や判事への憤り,同志を救えなかった悔しさといった感情がストレートに出ている。死への怯えや女々しい感傷といったものは一切感じられず,むしろ闘志,女性としての強さといったものが感じられる。


 1911(明治44)年1月18日,いわゆる大逆事件で24名が死刑判決を受け(翌日12名が無期に減刑),24日には幸徳秋水ら11名が処刑,女性のスガだけが1日遅れて25日に刑が執行された。102年前の今日。


 スガが時代と格闘した魅力的な女性であることは確かだが,婦人解放運動の先駆者とか無政府主義者といった評価には私はやや懐疑的なところがある(その理由は今日は述べない)。政治思想や運動の中での評価よりも,文筆家,歌人としての感性や歌の中に込められた心情や生き方などがもっと評価されるべきだし,そこに本来の彼女の魅力とかオリジナリティがあるように思う。

 秋水の書生だった坂本清馬がスガについて,明治の日本の女性には「表情」というものがなかったが,スガには「表情」があったと述べているが(神崎清『革命伝説 大逆事件②』),その「表情」は何よりも彼女の短歌において豊かに表れていると思うのである。

 スガの歌としてはかなり有名なものであるが,下は獄中で書きとめられた辞世の歌(内野光子『短歌に出会った女たち』参照)。


やがて来む終の日思ひ限り無き生命を思ひほゝ笑みて居ぬ



 何といっても結句「ほゝ笑みて居ぬ」が心を打つ。理不尽な権力の横暴によって命を終えようとしているにもかかわらず,悲壮感を感じない。むしろ限りのない永遠の命を信じて「ほゝ笑みて居ぬ」と閑かに覚悟するスガの気持ちの何と清らかなこと!


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