読書ノート~『革命伝説 大逆事件③この暗黒裁判』~ | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 神崎清『革命伝説 大逆事件③この暗黒裁判』によれば,幸徳秋水は,主犯としてでっち上げられた大逆事件で検挙される前,『通俗日本戦国史』という日本の戦国時代(北条氏の勃興から家康の開府まで)を対象にした歴史書を執筆する予定で,途中まで書き上げていたらしい。結局,経済的な理由でその企画は没になったのだが,その「編集趣意書」の写しが残されており,本書に紹介されていた。最初の二項目だけ引用させていただく。―――


 一,個人各自に致しても,社会全体から観ましても,幸福なる生活を営み,偉大なる発展を成さうといふのには,如何しても其方法を過去の経験・知識に求めるの外ないのです。此の過去の経験・知識を貯蓄し,整理し,排列したものは,即ち歴史である。

 一,故に人類社会の政治でも,経済でも,其他凡百の科学でも,皆それぞれの歴史の教訓を基礎として,其指導により,其感化を受けないものはありません。教育の普及には,国民の多数が能く歴史を理解して居ることで,人文の発展とは,社会全体が能く歴史を応用することだと謂っても可いのです。



 私も公式的なマルクス主義的唯物史観は卒業したつもりだが,秋水が新旧勢力の逆転した激動の戦国時代の基礎構造にどのように歴史分析のメスを入れ,革命の主体性と客観性を導き出したのか,大変興味深いところである。もし秋水がその著述に成功したならば,天皇制神格化の歴史がしみついた読者の多くをその呪縛から解放したに違いない。さらには,神秘的・強権的な天皇制国家に対して批判の眼を向けることを労働者や民衆に促したかもしれない。と,そんな推測ばかりを述べても仕方ないのであるが,とにもかくにもこの『戦国史』の原稿が失われてしまったことは残念でならない。『革命伝説 大逆事件③』には,その原稿が,押収した証拠書類の中にあるのを見た検事の話も紹介されていた。官憲によって,この貴重な原稿は取るに足らないものとして破棄されたか,それとも社会主義思想や天皇制批判への影響を鑑みて意図的に処分されたのか。どちらかだとすれば,明治の天皇制国家は大衆やその運動を弾圧したばかりか,文化や学問の発展をも大いに阻害するものであったということである。いわゆるファシズムや独裁国家というものがそういう傾向を持っていることは今さら言うまでもないことだが,上述の本書を読んでいて,そのことを実感として残念に感じたので,ここで述べさせてもらった.

 この謀略的な大逆事件によって,国民の多数がよく歴史を理解し歴史を応用する機会を妨げられたこと,そして教育勅語によって天皇信仰の迷信と国家への従属が国民の意識の中に植え付けられてしまったことは日本の歴史にとって大きな損失だった。20世紀にわたって,さらには今日に至るまで,国民の歴史認識と国家観は大逆事件の時と比べて深化したといえるだろうか。私にはそうは思えない。

 今,私が大逆事件や秋水のものを読んでいるのは,社会主義や無政府主義の思想・運動への関心からではなく(先に述べたように,それは一応卒業),日本のいわゆる近代国家の本性を歴史的に突き止めたいという思いからである。それを知らなければ,現代の政治や国家に対する批判も,革命的・根源的なものにはなり得ず,単なる非難や反発のレベルに終わるだろう。批判は歴史の教訓を基礎とするものでなくてはならず,また,それによって歴史を変えるものでなくてはならないと思う。それ故,秋水が唯物史観なり歴史分析を如何に国家批判と結びつけたのか―――この点に私の興味は向かうのだが,原稿の紛失と処刑による執筆途絶は残念というよりほかない。

 大逆事件からおよそ百年後の今日,有力諸政党からは「天皇元首」明記の改憲論が出てきている。天皇制国家の歴史と本質を教訓として顧みない皮相な議論である。


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