家族より孤独が大事・・・ | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 「子供より親が大事と,思いたい。」というのは,ご存じ太宰の『桜桃』劈頭および末尾に出てくる言葉だが,作者が言わんとするところを字句通りに取ってはいけないことは言うまでもない。今さら言うほどのことでもないが,その言葉の余韻のなかには「されど子供は大事」という逆説的な心情が色濃く漂っている。〈子供を大事に思うからこそ,子供より親が大事と,一層強く思いたい〉というのが,作者の虚勢に隠れた本音だろう。なお,念のため付言しておくが,ここでいう親とは,その子どもの親であり,自分自身(作者=太宰)のことを指す。

 『桜桃』は,子を持つ父親の心情を上手く描き出していると思うし,母親に関しても,その苦労を乳房の間の「涙の谷」と表現して,母性を上手く父性と対比させているように見える。また,発育障害の子を持つ親の苦悩も綴られており,短編ながら家族関係のさまざまな要素が盛り込まれていて,いろいろと考えさせられる小説である。だが,今日は太宰や『桜桃』のことについてあれこれ解釈するつもりはない。ただひとつ気にかかるのは,先に見た太宰が『桜桃』で提出した命題,すなわち「子供より親が大事」についてである。僕は先ほど,太宰のその言葉には「されど子供は大事」という残響が伴うと述べた。その点は大方の賛成を得られるだろうと思う。そして,いわば多声的ともいえるこの太宰の言明は,今の時代にも通ずる普遍的な問いかけである。

 だが今の少子高齢時代,夫婦とその子どもからなる核家族(28.7%)を単身世帯(31.2%)が上回り,30歳代女性の未婚率が過去最高を記録する(平成22年の国勢調査速報による)。家族とは何だろうか。安らぎ・憩いの場,団欒の場としての家族はどこに行ったのか。今は,血縁的共同体としての家族に代わって,仮想的空間としてのネットがその役目を果たしているのだろうか。人はむしろネット上のコミュニティで,個人的な想いや悩みを吐露し,多くの理解者を得る。その仮想共同体でこそ精神的な休息が得られ,お互いに助け合い慰め合い,また人間形成の場ともする。しかし,現実が孤独であることはいうまでもない。というよりも,現実が孤独であるから,ネットのコミュニティが隆盛するわけだろう。

 こういうネット空間の是非についても今日は問わない。核家族が単身世帯やネット・コミュニティへと分裂していった今,先の太宰の世界を超越する,というか次元を異にする世界に住む人たちが少なくない。「子供より親が大事」という太宰の普遍的な問いは,21世紀的言語では「家族より孤独が大事と,思いたい。」と変換されるのかもしれない。家族を作るより,孤独でいる方を選好するという日本人の行動パターンがはっきりと見えた時代。そこにはさまざまな背景・原因があり,やむを得ないというか必然的ともいえる選択行動である。されど,やはり家族は大事…。そんな複雑な孤独者の心境を託した歌を,今日は"抜擢"したかっただけなのである。


 そして夜は雨が激しく降ってきてただ暗がりにひとり寝るだけ

 じぶんの火はじぶんでつけよう何ゆえか年四十を積み重ねたる

 お隣に詩を書く人がひとりいて飢え死にごっこをして生きている

 独身を処世の方針に初めからきめて歩いて来たわけではないよ

 ふるさとの右左口郷は骨壺の底に揺られてわがかえる村

 
                        (以上,山崎方代の短歌より)

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