今日,4月13日は啄木忌。啄木の故郷は,おととい述べた賢治と同じ岩手で,中学も同じ。啄木も故郷・岩手を愛し,岩手山や北上川などふるさとを歌った短歌は多い。今回の震災には啄木もさぞかし心を痛めただろうなと思いながら,今日を迎えた。人間も自然の一部として,自然に生かされているとはいえ,自然の猛威は人のふるさとまで平気で奪い去ってしまうものなのかと,今は自然を前にして空虚感や無力感に包まれるばかり。
やはり,ふるさとというものは実在ではなく,心の中にしかないのかもしれない。いくら自然の威力をもってしても,心のふるさとまでは押し流せないだろう。想い出の山,想い出の川はいつも美しい。ふるさとのなまりはいつまでも懐かしい。
かにかくに渋民村は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川
ふるさとの
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
貧窮の底をなめつくした生活の中でも短歌や小説などを創作し続け,希望と解放の時期を求め続けた啄木。今回,震災で家や家族や故郷を失いながらも,悲しみの淵から立ち上がろうとする被災者たちの姿と,おのずと重ね合わせて見てしまった。