

“やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君”
やは肌=私の肉体
熱き血潮=私の肉欲
ふれも見で=触りもしないで、襲いもしないで
さびしからずや=さびしくないの?さびしいでしょう。もったいないよ。
道を説く君=指導してくれているあなた
創造は、過去と現在とを材料としながら新しい未来を発明する能力です
(『与謝野晶子評論集』「婦人も参政権を要求す」より)
「創造とは、個人の能力であって、もしこれを欠くならば、人は模倣同化の消極的生活にのみ終始して、自己の生存を主張する理由が薄弱になります」と続きます。
“海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家”