「無常の風」 | motoの徒然なるままに…Ⅱ

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日々是好日日記
2006年9月:gooブログでスタート
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朝一番で、平安閣駐車場や猫額庭に水まきをしたら、鉢の中に、モンシロ蝶々の死骸を発見しました。夏を終わりを感じた瞬間でした。無常の風が通り過ぎていきました。生きとし生けるもの確実に死にます。100%の確率で。私たちは日常生活の中で死を見つめることを避けては生きられません。


「幼い頃、『無常の風が吹いて来ると人が死ぬ』と母は云つた。それから私は風が吹く度に無常の風ではないかと恐れ出した。私の家からは葬式が長い間出なかつた。それに、近頃になつて無常の風が私の家の中を吹き始めた。先づ、父が吹かれて死んだ。すると、母が死んだ。私は字が読める頃になると『無常』の風とは『無情』の風にちがひないと思ひ出した。所が『無情』は『無常』だと分ると、無常とは梵語で輪廻の意味だと云ふことも知り始めた。すればいづれ仏教の迷信的な説話にすぎないと高を括つて納まり出したのもその頃だ。その平安な期間が十年も続いて来た。もう私は無常の風が梵語であらうがなからうが全く恐くはなくなつてゐた…」
(横光利一『無常の風』より)