「祖国喪失」マッチ擦るつかのま 海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや (寺山修司「われに五月を」) 寺山さんのお父さんは太平洋戦争末期にインドネシアで戦死されました。夫を亡くしたお母さんは生計を立てるために三沢の米軍基地で働きました。早熟で多感な寺山少年は親に対するコンプレックスが酵母となり、マルチなタレントを発酵させたのでしょう。 トレンチコートを羽織った好奇心の塊は100年経ってもレールの上を走り続けるでしょう!