
伝説に隠れた野望の言語、PL/I
1960年代、コンピュータの世界はそれぞれの「特化型ヒーロー」によって彩られていた。
科学技術計算の王者Fortran。商業用途の帝王COBOL。
それぞれの領域で栄華を誇る彼らの存在は、まるでその時代の覇者たちのように輝いていた。
だが、この二人の英雄を見たIBMは思った。
「科学も商業も越えた、すべてを包み込む究極の王者を我々が創るのだ」と。
こうして誕生したのが、野心に満ちた新たな挑戦者、PL/I。
その名は「Programming Language One」。
それは、あらゆる場面で「一番」を目指すという宣言でもあった。
PL/Iの野心
PL/Iは誇り高き挑戦者だった。
Fortranが得意とする数式処理を取り入れ、COBOLの持つビジネスロジックも手中に収めた。
さらに彼は未来を見据えて、並列処理や例外処理、そして柔軟なデータ型を備え、あらゆる課題に立ち向かえる力を持っていた。
「私は万能だ」と彼は宣言した。
科学者たちも、ビジネスマンたちも、すべてが私の手中に収まる――そう信じていた。
強すぎたライバル
その頃、静かに力を蓄えていたもう一人の挑戦者がいた。
それがC。
CはPL/Iのように万能を求めなかった。
彼はただ、「シンプルであること」を追求した。
彼は軽やかだった。
Fortranのような硬派な数式処理の重さも、COBOLのような事務処理の堅苦しさも持たなかった。
そして彼には盟友がいた――UNIXという名の新たな世界。
Cはその基盤として育てられ、UNIXとともに成長し、次第に世界を席巻していく。
王者たちの争い
Fortranは言った。
「科学を支配するのは我だ。数式は誰にも渡さない。」
COBOLは言った。
「ビジネスの心を読むのは我だ。取引の言葉は私が操る。」
PL/Iは両者を見据え、「あなたたちの戦いに意味はない。私はすべてを超える存在だ。」と誇らしげに宣言した。
だが、Cはそれを横目に見て微笑むだけだった。
「あなたたちがどれほどの栄光を語ろうと、私は現実の手触りを知っている。」
Cは特化型ヒーローではなく、どの舞台にも溶け込む「普遍性の化身」だった。
その軽やかさ、柔軟さ、そして効率性は、新しい時代の開発者たちの心を掴んだ。
PL/Iの運命
PL/Iは複雑だった。
万能であるがゆえの重さ、そして高みを目指しすぎたがゆえの孤高さが、彼を次第に遠ざけていった。
一方で、FortranとCOBOLは、自分たちの特化した領域にしがみつきながらも、時代の波に適応し続けた。
それに比べて、PL/Iは万能性ゆえに「どの領域でも完全ではない」という矛盾を抱えてしまったのだ。
そしてCが静かに、だが確実に舞台を支配し始めた頃、PL/Iの影は薄れ始めた。
それでも、PL/Iは伝説となった
PL/Iが目指したのは、夢だったのだ。
彼の設計には、すべてを包み込む愛があった。
科学も商業も、どちらも捨てられなかったのだ。
だが、時代は一つのことに秀でた英雄や、軽やかに現実を乗り越える者を好んだ。
PL/Iが紡いだ物語は、過去のものとなった。
それでも、彼の遺産は今も息づいている。
例外処理の仕組みや並列処理の考え方は、現代の多くの言語に受け継がれている。
彼が目指した夢は、彼の生涯が終わった後も、形を変えて未来に生き続けているのだ。
結び
FortranとCOBOL、そしてC。
彼らはそれぞれの領域で覇者として君臨したが、その影でPL/Iという夢の語り部がいたことを忘れてはならない。
現代のプログラミング言語の中にも、彼らの面影は確かに存在する。
そして、どの言語にもない「万能」を目指したPL/Iの魂は、今も私たちの記憶の中で輝き続けている。
彼が紡いだ詩、それは「言語」という名の壮大な物語の中の一節だ。