ブータン縮小 中国領土拡大 | よしみっちゃんブログ

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ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王が、結婚されたばかりのジェツン・ペマ王妃を伴って来日されて話題になっていました。

強引に道路を建設し、国境線を書き換える暴虐行為
ブータンでは知らぬ間に国土が2割も奪われていた
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20110804-01/1.htm
雑誌記事niftyニュース


 中国の領土的野心に対しては、最大限に用心する必要がある。何しろほんの5年前、人知れず中国に領土を奪われてしまった国が実在するからだ。南シナ海、東シナ海に目を奪われがちだが、内陸部では既に中国の領土拡大が進んでいる。

 前国王が掲げた“国民総幸福量(GNH)”を国是に、ゆるやかな変化と発展を続けるブータン王国。「お金やモノという尺度ではない、独自の幸せを追求する」というチベット仏教に根ざした価値観を基軸に、自由で平和で安全で笑顔が溢れる「幸せ度」が高い国といえる。

 が、現在、忌々しき事態に国は少なからず東奔西走している。植民地化された経験こそないが、鎖国状態を経てきた内陸国ブータンの国境は、2大国=インドと中国(チベット自治区)に接しており、地政学上、微妙な位置にある。チベット動乱の1959年以降、ブータンはチベット自治区と接する北側の国境線(大部分はヒマラヤ山脈)を閉鎖してきたが、いつしか侵食されていたのだ。

 「ブータン・中国の国境問題に、国会議員らが憂慮している。これは国家安全に対する脅威である」

 ブータン国営テレビの報道によって、国境紛争が明るみになったのは2005年のことだった。地元有力紙によると、ブータンの国境管理防衛局長官は「中国とブータンで両国の地図を見せ合ったところ、国境線のあまりの認識の違いに愕然とした」という。

 「中国・ブータン国境地帯の平和と安定を保つ協定」を1998年12月に締結した両国は、国境線もその際に画定している。ところが、2004年から中国はブータン側に“冬虫夏草ロード”とでも称したくなる道路建設工事を始めていたのだ。


中国の人民解放軍がブータン側に掘っ立て小屋をつくっていることに気付いたのは、高地に暮らしヤクで生計を立てている遊牧民だった。夏は牧草を求め4000m以上の高地をさまよい、冬は寒さを逃れ、低地へ下りてくるのが遊牧民の生活だ。

 ところが何年か前より、ヤクが山を下りてこない事態に直面。「探しに山深くへ入ると、見慣れない掘っ立て小屋が……」というのだ。ヤクのバターやチーズは貴重で、珍味であり高級加工品だ。毛も防寒服になる。人民解放軍に捕獲され、売られている可能性が高い。

 両国の国境線の認識の違いを、「一歩も譲れない」と突っぱねた中国外交部による公式談話(2005年12月1日)は、「中国とブータンは良好かつ平等な友好関係を維持しており、協議を通じて、両国間の国境問題が早期に解決するものであることを支持する。双方の努力により、国境地区は平和で安寧な局面を維持している(後略)」だった。

 翌2006年、ブータン政府は新国境線を発表。北部の突起部分が切り取られたラインで、国土面積は約4万6500km2(九州地方の約1・1倍)から約3万8400km2(九州地方の0・9倍強)へ、18%近くも縮小してしまった。

 そして2009年8月より、中国は道路の延長工事を再開。「道路を敷設した地域までが、中国に組み込まれるのでは」との危機感から、ブータン政府は同年、4度も抗議を行なっているが、中国側は「チベットを含む西中国の経済発展のため」と居直ったという。

 ブータン政府は、この数年「国境線を一刻も早く画定させる」ための会議を中国と重ねているが、国境(密)貿易の拡大と秘薬のスムーズな確保のためにも、中国が道路工事を止めるとは考えがたい。

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