GAFAの税金対策が叩かれています。もちろんGAFAは違法な脱税をしているわけではありません。企業が節税にはげむのはあたりまえの行為だとするかんがえもあります(むろん企業のみならず一般所帯とて同じことです)。GAFAの合法的な脱税を許しているのは税制そのものの不備であるとするかんがえもあります。これは専門家も認めていることです。とはいえ、法の裏をかいくぐるかたちでモラルに悖るおこないをしていることが問題です。あるいみでそれは法を犯すよりも罪ふかいことです。
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ロバート・キャンベル氏が「共感」の危うさを語っています(ハフポスト)。性的少数者にたいする「共感」は要らない、ひつようなのは「理解」であると。性的少数者の問題では、結婚を認められない人たちにたいする法的な差別という「ファクト」を「理解」することだけがもとめられているのです。じぶんと性的嗜好がちがう人を「気持ちわるい」とおもうことは自然な反応です。そのことじたいなくならないだろうとキャンベル氏も認めています。キャンベル氏を敷衍すれば、「気持ちわるい」とおもいつつも、かれらの存在を受け入れ、かれらの正当な権利を擁護すべきなのです。これは両立不可能なことではありません。
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米大統領選の民主党候補にセクハラ疑惑が浮上し、同じ民主党の女性議員が、「相手がどうとるかが問題だ」みたいなことを述べていました。なんとも無責任な反応ですね。ところで、「ハラスメント」というデマゴギーこそキャンベル氏のいう「ファクト」、もしくは「トゥルース」を軽視する動きの最たるものではないでしょうか。明らかに犯罪的なケースは別として、合意のうえでの性関係と強制された性関係のさかいめをそう簡単に引けるものではありません。男女関係(男男関係、女女関係)はそんなに単純なものではないでしょう。同じ事実が「被害者」がどうとるかによってどうにでも解釈できるとはどういうことなんでしょう?
#Mee Too といったハラスメント告発運動がトランプ主義に支えられているなんていうと顰蹙を買いかねませんが、トランプ主義をそのひとつ「症候」(バラク・オバマ)とする現代世界を動かしている大きな流れに乗っかった運動であるとはいえるでしょう。
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大阪ダブル選にかんして、中島岳志が合法的であれば許されるものではないとして、いつもの「保守」思想をまたぞろくりかえしています(朝日)。法律は「慣習」とか「暗黙知」に支えられなければならないと。あいかわらず口当たりはいいですが、法治主義をなし崩しにしようとする昨今の潮流にすりよった意見にきこえてしまうのはわたしだけではないでしょう。
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日本の平和を維持するために自衛隊の存在と憲法の矛盾をあえて容認する「不文律」がこれまで共有されていたが、戦争体験者がいなくなってそれが壊れつつある現在、「立憲的改憲」がひつようであると山尾志桜里が書いているそうです。「不文律」というのもまた便利な言葉ですね。壊れつつあるのは「不文律」のほうなのでしょうか、もしくは立憲主義のほうなのでしょうか?