▽穢れ▽には形がない・・・
目に見えない、
あるか無いのかハッキリしない、
人によって様々・・・
▽穢れ▽を徹底的に嫌うのは神界、神々の方。
歪み、狂いを生じさせるものだから。
(地上の人間は、“洗脳”されるだけで、▽穢れ▽など殆どビクともしない~ 鈍く、雑、無機質な人間になれば、地上に生きている間だけは鬼に金棒とも
~
)
▽穢れ▽ 魔界、蛇神、彼らがバラ撒いたニセ情報、邪霊、歪んだ想念、思想主義 etc.
+戦争経験者、昭和世代が残した、、、 ―“恐怖感”―
なども穢れみたいなもの~
子孫に“恐怖感”というゴミを植えつけて平気で生きて来た・・・
(傲慢にも、それを“語り継ぐ”などのたまわっている。)
その子孫~ 自ら体験・経験もしていないので、2次的、3次的“恐怖感”など忘れ去って行く~
(当たり前 ~ それが分からないバカな映画人や文化人の多いこと――
)
「人間」という生き物は、“真っ当な人間”であれば、
目の前に迫ってきた現実(周辺・世界の動き)、自分が抱えたテーマ(ハードル)、恐怖感を自ら乗り越えて行く者、戦って平定してでも乗り越えて行く者。
時間が1945年(昭和20年)8月6日、9日、15日で止まってしまった情けない生き物は自然淘汰されてしまえば良い
~
(この生き物達が放置してきた73年間の結果が、今の世の中、今の世界の有様・・・ )
様々な美辞麗句を雄弁に使って、スリ替え論を多用して、やりたい放題の様 ~
既に、
彼等が産み出す様々なウソを、都合のよい論理を、子孫達は負わされているに等しい・・・
(一生~ ウソに拘束させて、税金だけはたかり取らせるつもりなのか、「世界史」すら読みきれない戦争体験者共は―― )
自分達の苦労・恐怖観念で一杯で、まともに前後の「世界史」すら見ない、見ようとしない、見てはならない―― と押しつけがましい、禍々しさ。。。
“自分達が抱えた、クリアできない“恐怖観念”を子孫に、丸投げする、植え込むことは止めておいた方が良い――
(実にみっともない、卑怯なマネ―― )
後世には、後世の、子孫には子孫のブチ当たる現実がある、自ら戦って乗り越えて行かなければならないものが出て来る~
それを旧い時代の残りかすのような者がアレコレと余計な“先入観”を負わせて邪魔するものではない――
「●●恐怖症」でよ~く考えてみればよい。
全ての人間にある訳ではない。
しかし、もし、何かの「●●恐怖症」に陥ってしまったら、そこで、そのポイントで、その人は自分で不自由を抱え込むことになる・・・
いろいろなサポートはあっても、それ自体をクリアする、乗り越えて晴れて自由になるのは自分自身以外にはナイ――
「対人恐怖症」なるものがあるようだが、そうなったら、生活自体ができなくなる・・・
「丸い物恐怖症」~ 例えば、ボールを怖がっていたら、野球もサッカーもテニスもできまい・・・
「災害恐怖症」~ 世界中、どこに行こうが、まともに生きて行けなくなる。
※世界中~ 殆どが紛争・戦争遺伝子を受け継いでいる民族ばかりだから。
※しかも、「紛争」・「戦争」の形態は進化する ・・・ まさかという形で現在も進行しているもの。
※それを世界は“ゲーム”化する。 (彼ら特有のルールで、紛争・戦争を規定する)
※「交渉」・「協議」、話し合いの場が戦場とは想像もつかない、情報を扱うマスメディアが戦争の武器 だとは信じたくもない・・・
※「景気」が戦争の産物だとは誰も思わない・・・
(日本人には殆ど不可能な離れ業―― 真剣に、バカ真っしぐらに突っ込んで行くから。。。 )
災害救助隊、自衛隊員などが「災害恐怖症」に陥ったら、トラウマになったら、話しになるまい
~
医者や看護婦が「血」を怖がったら、▼
その仕事はやれなくなる。
(~というか、そんな医者・看護婦にはアブなくてかかれない。。。 )
大和の(最後の)ニギハヤヒ様(長脛彦様)が背負った大きなハードルにも似ている・・・
(蛇神への“負けグセ”のようなもの・・・ )
トヨ様が背負われた(?)課題・・・
トヨ様を蛇蝎の如く嫌って、あらゆる手を使ってコソコソと邪魔してきた、イジメてきた▼旧-
日本神仙界▼との関係も似ていた。
(天照大御神に就かれていた時も、針の先で突くような事をやっていたのだから、相当~根が深かった。。。 )
(神界・・・ 神々の世界で“イジメ”というのもお笑いだが 、
正確には、ダブルスパイのような連中によるもの。。。 )
神になりたかった、神とは似ても似つかなかった、しかし、中身の無かった、手品師、詐欺師程度の能しかなかった▼旧-日本神仙界▼・・・
長老-川丹先生、宮地水位 、サムハラ文字とやらの何とか仙人etc. ~彼等に組してしまった天照大御神-経験神までひっくるめて粛清~ 消滅させて解消した。
神様だって、もし何か禍々しいものを背負ってしまったら、自らクリアしない限り、堂々巡りに陥るもの・・・
地上の御分魂が似た様な人生、結末に至りやすいもの・・・
地上から手を貸すことはできるが、それを乗り越えるのは神様御自身 ~
地上の人間などは云うまでも無い。
(あの世とやらよりは、遥かに自由で、何でも起こる。 また、やり直し、更新など何でもできるので)
“恐怖感”で支配されたくなくば、不自由したくなくば、その根源を戦って潰すしかない。
それをもたらす者を排除するしかない。
(手段はいろいろあるだろうけれど・・・ )
※「法律」などは、人間の解釈次第でどうにでも転ぶもの~
裁判官、検察、弁護士達がやっていることは、実は“解釈”・・・
+それぞれのご都合というものも加わってくる・・・
(世の中、世界には、それを示すものがゴマンとある―― )
(→その206に続く)