★2019年に「MDS→AML」になった妻・移植までの日々を夫の目線から振り返ります★

末梢血で増えてきた悪い細胞…。9月に入り病状が進み待ったなしの妻。

 

しかし主治医(30代女性)は、骨髄バンクの一座不一致のドナーを待って、無菌室の工事が終わる年明け(4ヶ月後)以降

に移植するプランのまま動こうとしてくれなかった…

 

このまま待っていて果たして大丈夫か…。すぐに移植ができる病院へ転院し、臍帯血にかけるべきではないのか…。私は朝から晩まで考え・悩み続け眠ることができなかった。

 

そして、学生時代のドクターをしている友達にその胸の内を明かした。

 

「主治医は患者が良くなることを一番に考えている。何の遠慮もいらない、今考え悩んでいることをそのまま。本音でぶつかれ」

 

セカンドオピニオンとか、転院とか切り出すと機嫌を損なうんじゃないか…。東海地方屈指の血液内科だからこそそのまま指示に従うべきじゃないか…。

 

そんな葛藤にさいなまれていた私の背中をその言葉は押してくれた。自分たちの気持ちを伝えよう。

 

迎えた外来当日。やはり血液検査の結果は良くなく、先生からは「待ってくれるようなタイプでない」との言葉…。先生も何やら迷っているような感じだった。

 

そこに私たちは妻と私の総意として「転院をして臍帯血移植にかける」メリットとデメリットについて質問をした。

 

「確かに良い臍帯血があるのでかけるメリットは十分あると思う」と先生。この日これまで表層的なやりとりだった私たちは先生と本音でいろんな話ができた。そして気持ちが伝わり快く了承を得た。

 

そして、迎えた翌週の外来。先生は、私たちが転院先として望んでいた日赤病院の移植センター宛の紹介状を準備してくれていた。しかも先生の前勤務先が日赤で、当時懇意にしていた今の私たちの主治医(男性アラフォー・現在血液内科副部長)に事前に連絡を取ってくれて、すぐに受診、入院ができる環境まで作ってくれていた。(日赤も東海地方屈指の高度医療が受けられる病院で入院待ちが多いと聞いていたので、スムーズに行ったのは先生のおかげだと思っている。本当にありがとうございます。)

 

新しい病院で臍帯血・赤ちゃんから細胞をもらう。道は決まった。もう前に進むしかない。封筒に入った紹介状を胸に抱え私たちは病院を出た。私は長らく覆っていた心の霧が晴れていくのを感じた。