ふと、娘がこんなことを言い出しました。


「小学生は、短かった。毎日寝っ転がってスマホを眺めてただけだったから、毎日が一緒だった」


中1は、週2日早退で学校に行ったので、それと比べて、そんな風に小学生の頃を思い返したみたい。


こんな風に、娘の本音を聞けるのはいいのですが、当時のことを黒歴史と言うので、心をえぐられます。



小2の冬休み明けに、これは本気で行かないわと思い、私はやっと学校に行かせる努力をやめました。(不登校を受け入れたわけではありませんでした…)


それで、毎日学校に行かないのが普通になりました。


ちょうどその2月からコロナがはじまり、早々に在宅勤務になり、娘は日中私のスマホを見るようになりました。


スマホ時間を制限しても全然ルールが守られず、でもこっちは仕事しなきゃいけないので、一緒に遊ぶこともできず、結局無制限でスマホを見せてました。


それが、6年生の終わりまで続いたので、4年間、日中ずっとスマホを見てたことになるのか…、あと、ゲームもやってた!スプラトゥーンね!タコ


とは言え、平日の夕方や土曜には習い事や塾に出掛けたので、本当にずーーーっとスマホを見てたわけではないのですが、そういう記憶として残っていることだと思います。



あと、


「ママがいない時は、冷蔵庫の納豆を食べてた」


と、娘は時々思い出したようにいいます。


コロナ前は、娘が学校に行かなくても、私は仕事に出掛けないといけないので、お昼ごはんは用意せずに、外に出てました。


学校に行かないって、その日の朝に決まるので、何も用意できなかった、と言うのは言い訳で、その予想はついただろうけど、その準備をするのは嫌だったのかもしれないです。


とにかく酷い母親でした。


コロナになって、私が四六時中家にいるようになり、少なくとも同じ家の中にいるので、何かあればすぐに駆けつけられる、と言う安堵感がありました。


お昼も、納豆だけじゃなくて、もう少しまともなものを食べさせてあげれるようになりました。



ふとしたことで、色々な記憶が蘇り、似たようなことをずっと書き続けてる自分は、壊れたレコードみたいだなぁ、と吹き出してしまった笑い泣き


こうやって言葉にすることで、気持ちを供養できる気がします。


あ、最後にスピリチャルな感じになっちゃった口笛