故・第6代日本相撲協会理事長
二子山親方 在位期間1988~1992
こらから書くことは、本当に『JRA』の筋書き通りに歴史が動いた、信じられない奇跡的なストーリーです・・
サイン読みを始めた1991年(昭和62年)、ダービーでトウカイテイオーが一番人気で優勝する二周間前頃の事です。
安田記念というG1レースがあって、ダイイチルビーという馬が勝った日の夜、錦糸町にあるクラブ(ホステス20人位で接客してる 小さな店)で、その日も 弾き語りの仕事をしてましてたのです。
あるお客様と知り合いになり、その客もサイン読みをしていて、その話の中でひとつのキーワードをぽろっとこぼしたのです。
客は『何故か、前々前走2着、前々走5着、前走3着の馬は、まず間違いなく今度は1着だよ、何故かはわからないけどね』・・と。
俄然自分は 興味を持ちまして、(なにせ人一倍 好奇心の塊のような性格でして、だからこそ サイン読みに はまったんでしょうね・・)
ここ1年余りのいろんなメインレースを調べると、ぽつっぽつっとそのサインで1着に来てるではないですか!そのサインが出た時は、必ず1着でした!!
それからが 我ながら頭の切れるところで、2、5、3、で 1着・・
いいですか!最初の驚愕のサインですよ
別の数え方を足してみると、2は『ふた』、5はこの場『ご』で、二つ合わせると、『ふたご』
漢字にすると思い浮かぶのは、『双子』
3は、『さん』ですが、漢字だとそう!
『山(やま)』
双子山
・・・まさか・・
二子山
?
?
はっと気づいたのは、JRAは、日本の事柄の主なものを サインにする!!
『内閣総理大臣』を、サインにするんだったら、国技の相撲のトップも!!!
早速調べたら、三年位前から 元初代若乃花の二子山親方は、理事長だったのです!
本当かよ
?
以外とバカにしてる 語呂合わせに、真実が 隠されてるかもね・・・
それからが、さらに衝撃的なサインを絡ませてきたのです!!
あの『メジロマックイーン』の秋の天皇賞の衝撃の降着!や『ダイユウサク』の一発大逆転劇!は、このための布石だったのですね。
1991年の秋から、ドラマティック劇場を演出して世間を競馬一色にし、極め付けが、超大物『高倉健』のメインキャスター起用!だったのです。
頭脳軍団の作戦が、物の見事にはまったのです・・・
古くは『ハイセイコー劇場』、そして二度目が『トウショウボーイ、テンポイントの二強劇場』さらに、『シンボリルドルフ三冠と五冠劇場』またまた、『オグリキャップ劇場』とその都度、大々的に仕掛けを施してきたのですね。
そして最高潮に達したのが、二子山劇場からこれから書く繋がりなのです・・・
繰り返しますが・・・
丁度、ミホノブルボンの年ですよ、1992年からJRAの年間コマーシャルに大好きな高倉健が、確か4年間という異例な長さで(普通は、2年間のルーティーン)主役に抜擢されたのです。
記憶が曖昧なので・・・
何故、特別に4年間だったのか?この4年通して どうしても使いたい訳がJRAにあったからなのです!
続く・・・