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次のご相談です。
===ご相談===
作業療法というメンタル療法をずっと通っています。これは意味があるのでしょうか?療法途中でサロンに入会して仏説を聞くようにしています。
仏教の勉強を始めたところとても心が軽くなっています。今も作業療法を行っていますが作業療法では苦しみが軽くなるような気がしません。
私は仏教を学んでいるので作業療法をやめてもいいかと思っているのですが先生はどう思われますか?
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先生:「結論からいうと作業療法はまだ受けていたほうがいいと思います。作業療法というのはそもそもなんなのかというと、色んな課題が与えられて色んなことをするの。例えば編み物療法というのがあって、編むことによって気が紛れていくというのがある。
作業療法の目的は、その人が何かに没入できるものと出会っていく機会を提供されて続けているの。作業療法をすることによって治るとかではなくて、没入できる心を思い出してもらうという感じなの。
心のバランスを崩してしまうと本も読めないし映画も見れないし何も集中できないの。1つのことに集中して没入するとエンドロフィンやドーパミンという癒し物質が出るようになっているの。
つまり、集中できないということは癒し物質が出てないからなの。没入できる何かに出会っていくために治療されていると思うの。なので続けてくださいと思います。集中できない時は、お皿を洗ったり焦げた鍋を洗ったりすることもできなくなるからね。
散らかっていることが平気になるのではなくて、片付けるということに集中ができなくなるの。そのへんのバランスを取るためのカリキュラムだと思うのでやめないでください。」
年美さん:「では、いつ病院を止めたらいいんでしょうか?」
先生:「お医者さんが来なくていいと言ったらね。なので、趣味のように行ったらいいと思います。私は一人カラオケに行くの。大熱唱する。声を出すとかリズムを細胞で刻むというのは作業療法なの。カラオケに行って鬱から脱出した人はたくさんいるの。
歌うことで言語化するからね。言語化は大事と話をしたと思うけれど、まさにカラオケはそうなの。なので、自分でスッキリするものを見つけたらいいと思う。1つのルールとしては絶対に手足または体を動かすこと。本を読むこととは気分転換にはならないのよね。」
年美さん:「瞑想と作業療法は違うのでしょうか?」
先生:「作業療法が必要な心の状態の時は瞑想したらダメなの。瞑想ではなく妄想にしかならないから。マイナスのことばかり考えてしまう。もちろんプロの人が立ち会って瞑想するのはいいけれど一人ではダメ。こっちに帰って来れなくなってしまう。被害妄想の世界にはまるだけ。
瞑想は心が完全に沈んでしまった時はしてはいけないというよりも瞑想にならない。危険で危ない行為ね。心の元気な人はじっくり味わいたいとか、忙しいから心を沈めたいというアクティブな心の時は自分でやっても大丈夫。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
先生へのご質問でよく鬱の方が仏説を聞いて元気になったから薬を飲まなくてもいいかとか、そういうようなご質問が多いなぁと思うのですが、それをしているのもあって仏説を聞いて元気になられていると思うのでやめない方がいいと思いますけどね。と話を聞きながら思います。多分、回復してきたらやめてしまうということ繰り返しているから苦しかったりするのかな?と思ったりもします。
私は運動音痴なのに少し縄跳びできるようになったら練習しなくなってビリになるということを繰り返し自信をなくしてましたね。英語もそうですね。単語を覚えたら文法の勉強すればいいのに少しできたら余裕が出るのか怠けてしまう。今は掃除を怠けてますね。1日くらい拭き掃除しなくても大丈夫と思って2日くらいしてないな。。。
やめ癖つくと全てやめちゃいますよね。。。
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瀧本先生から真解(鑑定)を学んでいます。数年後には立派な鑑定士になっていることを目標に免状をいただけるように勉強しています。鑑定士になった時はよろしくお願いします。