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本当に楽しい人生を送るにはどうしたらいいのでしょう。

 

 

 

先生:「私は本当に楽しい人生を歩んでいるなって思っているの。」

 

 

 

年美さん:「先生はいつも楽しそうにされていますよね。」

 

 

 

先生:「普段のしょうもないことに幸せがあるのよ。普段から愛されているってよく言う。」

 

 

年美さん:「愛されているという言葉は使わないですね。」

 

 

先生:「幸せだなって言うのが辛い時があるのよね。愛されているというのは果物を食べて美味しいのも大地の恵みなのよね。だから愛されているなぁはどんな時でも使える。」

 

 

年美さん:「天気がよくて窓から日差しが入っているのを見て、自然の恵みを感じている=愛されているということですよね。」

 

 

先生:「幸せだなっていうのは自分からの発信する力が必要なんだけれど、愛されているなというのは、自然の営みを見ても愛されているって使える。」

 

 

年美さん:「それは今日から採用します!」

 

 

先生:「人からの愛されているを求めるからややこしくなる。ターゲットは自然の恵み。」

 

 

年美さん:「そうですね。花を見て綺麗だと思えるのも愛されているって言えますね。」

 

 

先生:「話は変わって、いま治療をしている方がいらして、体に痛みがあって何をやっても体が痛くて、痛みですごく心がやられているんですって。体の痛みを和らげることはできないけれど、考え方を変える話をその方にしたの。

 

 

 

けれど、体に痛みがあるときに考え方を変えるってどうしたらいいの!って思うでしょう?

 

 

 

これも習得してほしいのだけれど、例えば老眼もそうなんだけれど老眼鏡をかけてもすぐに見えなくなるの。その時に”どうして?”って思うとストレスなので、目が悪くて見えないということをベースにする。つまりベースを入れ替えなさいっていうことなの。

 

例えば天気もそうで、晴れている日はみんな元気だけれども、雨の日って億劫だなって思うでしょう?私は雨の日すごく好きなの。これも今のと一緒で雨や曇りが前提にあるの。だから、雨が降っていても普通なの。そして晴れたらメチャクチャラッキーグッ

雨が基本だから落ち込む事がない。

 

老眼というのも見えないことを前提にして見えたらラッキーとする。老眼でなかったときの自分と比べていたら老眼鏡をかけなきゃいけなくなった自分がものすごくしんどくなる。日々自分の体は変わっていくから、そのときの自分を基準にする。

 

体に痛みがあったら治らないことを悩むのではなく痛みがある状態をベースにする。今は痛い時期なんだ痛くて当然、仕方がない。けれど痛みがないときもあると思うの。その日はラッキーチョキ

 

 

例えば、私は病気があるから健康そうに見えて体調不良の日がたくさんある。けれど、体調悪い日がベースだからそれでいいのよ。ところが、びっくりするくらい絶好調の時もある。なので、歳をとっていくということはそういうことなの。今の私の体に起きている事が今日の私の人生の基準なの。

 

過去の自分と今の自分を比べても何にもならない。なので今の自分というものを受け入れる。抵抗しない、否定しない。でも抵抗してしまうのよね。

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

「愛されている」という言葉の基準が私と大きく違うのでびっくりしました。

愛されているは「人から」だけだと思っていたのと、「自然の恵み=愛されている」という考えはありませんでした。

確かに自然の恵みも愛されていると考えることはできますね。

 

やっぱり「愛」というものを人から補充しようと思っているかこんなことになるんですね。

 

私も今日から「愛されている」という言葉を口癖にしたいっと思います。

 

 

 

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瀧本先生から真解(鑑定)を学んでいます。数年後には立派な鑑定士になっていることを目標に免状をいただけるように勉強しています。鑑定士になった時はよろしくお願いします。