瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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化城宝処の譬えの続きです。

 

 

 

先生:「この話の中に登場する砂漠というのが我々が住んでいる娑婆世界。常に喉が乾き常に欲する。隊長が法=教えのこと。ご相談者のお話で例えると、ルイヴィトンのカバンさえ買えば幸せと思って買うけれど、それもザッと砂漠のように朽ち果てる。

 

つまり、我々が途中途中でこれが幸せだと追っかけているものは煩悩が見せたもの。だから、それは本当のオアシスではない。これさえあれば、この人と一緒になれれば幸せというけれど、それは煩悩が作り出した幻のオアシスであってそれでは無い。でも、それを繰り返していくうちに本当の悟りの境地に至るという事なの。

 

この化城宝処の譬えは何がいいたいのかというと、本当の幸せを見誤ってそこに滞在するのはダメだよと言っているのではなくて間違っていい。一瞬の自己満足であったとしても”これじゃなかった”と気づいたのなら次に進みなさいという事を言っているの。

 

すると二度とバックというもので幸せと交換しようという事をしなくなったのよね。もしかしたら次は車かもマンションかもしれない。どんどん欲が大きくなっていく。話の中で幻のオアシスがどんどん大きくなっていくのはその事を現しているの。

 

30万のバックで満足できた人は10万円のバックには戻れない。次は100万円のバックになったりする。でも全部違うと気づく。本当の幸せである心の安寧に永住していくという教えが化城宝処の譬えなの。これが法華七喩(ほっけしちゆ)の中の1つの宝説なの。」

 

 

 

年美さん:「素敵です。」

 

 

先生:「幸せを間違えてしまうというご相談だけれども、間違えたことで次に行けるのでドンドン間違えたらいいのよ。間違えに気づかずにそこに執着してしまう事が一番恐ろしい。間違ったと気づいたら次に行けばいい。その繰り返し。そして次にどこに行くのかというと物質から離れましょう

 

 

我々は幸せは物が与えてくれると思っているところがある。だから、お金を出してデパートで買えるものという物が幸せをもたらしてくれるわけではない。一時的な快楽というか贅沢であって、幸せとむすびつけようとするから失敗してしまう。やっぱり幸せは求めなくてもいい心を養う事が幸せなのよね。」

 

 

年美さん:「求めない心。。。」

 

 

先生:「そう、求めない心をいかに養うかだと思うの。」

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

書き忘れましたが、このラジオの前半は「すずめの戸締り」という絶賛上映中のアニメーションのお話をされていました。詳しくは先生のFBなど見ていただければと思います。先生が日頃お話しされている時空論のことだなと思いながら観ていました。お話も素晴らしいのですが、自分が勤務していた場所が忠実に再現されていたこともありメチャクチャ盛り上がってしまいましたニコニコ

まだご覧になってない方は是非観てください。損がないと思います。

 

化城宝処の譬えですが、先生の語りが素晴らしすぎてうまく書けなかったので、WEBサロンの動画で聞いてください。