瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

瀧本先生のHPはこちら

 

逆視道のHPはこちら

 

-------------

 

 

 

 

先生が尼僧になられた頃のお話です。

 

 

 

先生:「私、本業お坊さんなの。」

 

 

年美さん:「時々忘れます爆  笑

 

 

先生:「私はお坊さんにならなくてもいいはずの人生だったの。別に寺女ではないのに自らお坊さんになるというのは本当に悪業深い人なの。」

 

 

年美さん:「そうなんですか?」

 

 

先生:「それは師匠からも言われている。最もなる悪業深き人が坊主になる。そのことを忘れるなって言われたの。私もそこはそう思っているの。ところが、時々シャバでお坊さま=選ばれた人と思っている人がいるのよね。

 

同期の修行仲間の女子が懇親会の時に『私たちは選ばれたからね。』って。その人は代々続く大きなお寺の娘だったからそういう教育を受けてるのよね。『選ばれた人だから僧侶となって人に教えを説くの。』と言うから、『根本的に間違ってる!そいう教育だから仕方ないけれど、私は最も悪業深き人がお坊さんの道に行かなければいけないと師匠から言われている。』って言ったら、『私もそっち。』って何人か言ったのよ爆  笑

 

 

年美さん:「爆  笑爆  笑爆  笑

 

 

先生:「悪業深き人が仏法に1度触れた時に、だからこんなに苦しかったんだと気づく。なぜかというと、仏教を学ぶと自分が叩きのめされるところがいっぱいあるからズタズタになるくらい悪業を積んでいる。最初から清らかにきちんと因果の法則の元施すという人生を送っている人は仏教を勉強しても気づきがない。

 

私は仏教を勉強してボロボロになった。最低の人間だったということがわかったの。師匠から『僧侶になる人間は最も悪業深き人間である。だからこの世の中で一番反省しなければならない生き様をやってきた人間が僧侶である。だからこそ、絶対にいい話ができる。ボロボロに傷ついて人生を激変する人生を歩めるのは悪業深い人間である。だから全てを経験して話せ。』と仰ったの。

 

これは本当に私が僧侶になった時に言われた言葉なの。言われた時は深みがわからなかったけれど、今はなんと深いことを言われていることがわかったの。悪業深き人間が学んだ後はものすごく人生が豊かになる。

 

これがお釈迦様が仰っていた煩悩即菩提。煩悩があって心がグチャグチャになっている人ほど教えと出会った時に多くを気づく。心の渋さの大きさがそのまま転じて光になる。

 

色んなことが年取ってから繋がったの。それに至る大きなきっかけになったのが色んな方の死を体験なの。この悲しみも煩悩即菩提。全部自分に好ましくないと思った経験や思いは全部即菩提になっていくと考えると苦は苦にあらずなのよね。すなわち全て仏なり。死を定めることで苦がなくなる。死は最もなる望ましくないこと。それをちゃんと捉えることによって運ばれる。仏教の教えの根幹はココだ!って感じかな。」

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

苦は苦にあらずと言うけれど、自分が苦の中にいる真っ只中の時にそう思えないなぁと思いながら聞いていました。苦しい時はやっぱり自分だけなんでなんでこうなるんだと思うけれど、これだけ仏教を勉強しているので自業自得だというこということはわかっているけれど、やっぱりもがいてしまう。

 

煩悩即菩提という言葉大好きです。私にも可能性があると思えるので。

まだ私の人生が豊かになっていないのは悪業が悪業のままなんでしょうね。。。

来世に期待ですかね。