瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
瀧本先生のHPはこちら。
逆視道のHPはこちら。
-------------
終焉の続きです。
先生:「自分の終焉が明確になっていると生きていきやすい。けれど死がタブーとされている。確かにタイミング的に気を使わなきゃいけない人もおられる。大切な方を亡くされた直後の方の前で死を語ることは計らう必要がある。
けれど、触れてはいけないテーマではないと思うの。特に面談をしているとペットロスも大変だけれど愛別離苦は相当心をえぐられるからね。何年も先生の面談を待とうと思うけれど1分でも早く面談してくださいってメッセージいただくの。
愛する人が亡くなって2週間ほどの方に、『何を学んだの?』って聞くと驚かれる。それはそうよね。死から学ぶなんて概念ないからね。
『人生は全てから学ぶ。傷つくだけを体験値として残してはいけない。悲しみも怒りからも学べる。唯一学べないのは喜びなの。喜びからは何も学べない。』喜びは次への橋渡しをしない。本当に深い傷は大きな学びになる。怒りもそこから学べる。
実は人は自分が描きたいと思っている好ましい感情からは何も得れない。
お釈迦様の仰るとおり。傷つくのは好きではないけれど好きなの
」
年美さん:「わかります。」
先生:「傷つくことによって自分を知れるし、大切な人が急にいなくなるとメールしようかな?とか思っちゃうの。いまメールしても繋がらない。電話しても二度と声が聞けない。どこに行ったの?っていうような不思議な感覚に襲われる。
私も大切な人を亡くして経験したことがある。けれど、その喪失感の中から次は我が身で私が死んだ後誰かがそういうようになるのかなって。
生きているという事は順番にそういう経験を渡していかないといけない。この繰り返しがこの世の定めなの。それをタブーとして直視していなかったら体験した時に身も心もボロボロになる。
だからなん度も正しい教えのもとでシュミレーションする。そして準備するということが仏教の底力だと思っているの。講演会でお話していたけれどなかなか言葉では伝わらない。感じてもらわないといけない。感じてもらおうと思ったら言葉じゃないなって。そのあたりから何か違うツールを探していたら天才美千光が弟子にいてくれたの。音楽はそれぞれ自分の好きなように聞く中で心が動く。その動いた中から見つけてもらうのが一番正しいと思って美千光に声をかけたの。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
美千光さんのような才能を持っている人が弟子にいるというのが凄いなと思います。きっと私が知らないだけで凄い人が先生の周りにはいらっしゃるんだろうなと思います。
そうするとなんと自分は才能がないのか。。。コンサートの時、微力であるが無力ではないとメッセージをいただきましたが無力のように感じてしまう。でも、それは当たり前天才的な人は多くの時間を費やしているから。私は寝てるだけなので老化の進行が早いだけ。
1日も早く習慣を変えないと。また来年も同じ生活になってしまう。。。
年齢を重ねるほど死は身近になり悩みもシビアになってくる。若い時から人脈を作っておかないとダメですね。