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人から愛されないご相談の続きです。

 

 

 

先生:「人に意地悪してしまう時って絶対に自分がされたら嫌なことを相手にするのよ。」

 

 

 

年美さん:「そうですね。自分が言われて嫌なことを言いますよね。」

 

 

 

先生:「そうなのよね。なので、意地悪しているときは、私はこういうことをされたら嫌な人間ですって自己紹介なのよね。」

 

 

 

年美さん:「確かにそうですね。」

 

 

 

先生:「意地悪も自分がされて嫌なことの中からでないとできないからね。だからそれをやらない・しないというのが慈の心。相手の苦しみを抜き去るというのは、相手が嫌だと思うことを絶対にやらない。自分がされて嬉しいことをする。すごい簡単なのよ。

 

宇宙はすごくルールがシンプルだから、相手が喜ぶことをしたら一番幸せになるのは自分なのよ。ベースに慈の心と悲の心があれば、あとは何を考えても幸せなの。

 

じゃぁ、幸せはなんなのかというと、

 

 

 

何が起きてもありがたいというような感想しか得れない状況のこと

 

 

 

お金があるとかそういうことではなくて感じることが幸せ。分母に慈悲の心の成立が見られない限りなりた立たないのよ。なんてシンプルなんでしょう。」

 

 

 

年美さん:「まず相手に嫌なことを言っていることに気づくいて止めることですよね。」

 

 

 

先生:「これはご夫婦だけの問題ではなくて、前にも話したけれど私は家の外が家なの。仏教の教えからすると人と触れ合う瞬間瞬間に家族は入れ替わっていく。だから自分が見える範囲で困っている方がいるなら助ける。それが家族との在り方なの。

 

人との関わりを家族というのであれば、私は家の中は私1人なので外が家族との関わりなのよね。みんなは家の中が家族だと思うんだけど私は逆なの。みんな忘れてはいけない。外にいるときは人が嬉しくなるような言葉をかけるチャンスだらけなのよ。

慈の心と悲の心を養うチャンスだらけなのよ。」

 

 

 

年美さん:「本当にそうですね。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

先生が仰った家の外が家族という言葉を最初聞いた時に、すごく救われたような気がしたのを覚えています。と同時に寂しさも感じたのを思い出しました。

 

救われたというのは、家族というものが私にはないので、いつも仲のいい家族を見ると羨ましいと思っていたのですが、仏教でいう家族というのは血縁関係ではなく自分の手の届く範囲の人という話を聞いてホッとしました。その一瞬は家族なんだなぁと。けれど、その一瞬家族になった人もすぐに別れがくるわけで、やっぱり孤独なんだなぁと思ったような気がします。

 

孤独だなと思ったけれど、先生のように外に出て楽しく慈悲深い会話をするのであれば、町内会の人気者にもなれるわけで、孤独と感じる生き方をしている自分が原因ですね。結局自分が原因。