瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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目の前の人が苦しんでいたら?の続きです。
先生:「いまも目の前の人が苦しんでいたら絶対に私がどうにかするって思っているの。だからといってたいそうなことが出来るわけでもない。一緒の人間だからね。だけど諦めない。明るくなるまでずっと呼び出す。」
年美さん:「覚えています。」
先生:「相手の方の苦しい気持ちに適切な処方ができるかどうかの自信はあまりないし、そこに自信を持ちたいと思わないけれど諦めないと思う。」
年美さん:「すごく大切ですね。自分の信念というものを突き進むのは大切ですね。」
先生:「ものすごくいい人に聞こえるというけれど違うの。他人との境界線がないからなの。私は幸せになると決めているからなの。袖触れ合うも他生の縁だから、目の前の人とはずっと縁があるのよね。だから、その人の涙というのは許せない。」
年美さん:「なるほど
」
先生:「善業をやっていない時間を悪業だからね。善と悪を分けた時の悪の広さ
」
年美さん:「ほぼ悪ですね
」
先生:「目の前の人を癒していく善業となるか、しないで悪業になるかはそこで決まる。すごくこの世はシンプルなの。すごくみんなは難しく思っているでしょう?」
年美さん:「難しいと思っています。」
先生:「そんなに難しく生きなくていいのよ。そんなに寂しくならなくていいのよ。世の中寂しい人が多い。何を一人という概念にしているかなの。
一人という概念は、家族で食卓を囲んでいても、心で思っていても会話をしない事を一人っていうのよね。常に心で思っている事をその場にいる人と交換していたら楽しい事なんだけれど、それをしないとたくさんいる人の場にいても孤独だと思うの。
物質的な一人を孤独というのではなくてつながりが遮断されている状態を孤独というのよね。
私は孤独になれないの。家に帰った時くらいは孤独になりたいんだけれどね。家に帰っても私がうるさいの
」
年美さん:「エネルギーを交換するというのはそういう事なんですね
」
先生:「ただ、誰とでも交換できるわけではないの。袖触れ合った人としかできないのよね。」
年美さん:「先生がいつも笑顔だったりするのはこういうことがベースにあるからなんですね。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
寂しい人が多すぎるとラジオの中で先生が仰っていましたが、そうだろうなと思います。私から見たら友達が多くて仕事も順調でいいなぁと思っている人が実際は孤独だという事が最近実感しました。
外が華やかな人の方がギャップがあるから辛いだろうなと最近思うようになりました。以前は人の表面しか見る事ができなかったので羨ましいとしか思わなかったけれど、人に気を使ってしんどい時も笑顔で接する事ができてすごいなぁと思えるようになりました。大きな違いです。
私の今世の議題は孤独だと勝手に思っています。孤独とどう向き合っていくか。先生のように達観するにはまだ時間がかかりそうです。