瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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年美さんとの面談中のお話です。
先生:「年美ちゃんの笑顔が私の幸せって思っていたからね。私は幸せになりたいと思っていたから、目の前にいる年美ちゃんの苦しみを絶対に消してみせるって思ってたのを覚えてる。」
年美さん:「そう思えたのは何故なんですか?」
先生:「やっぱり日々小さく小さく実践している中でかな。例えば、相手が〇〇と言って欲しいんじゃないかなと思うことを推測を立てて言辞施としてプレゼントする。施しを小さく小さく始めたわけ。
施すことをメチャクチャ意識して一日にたくさんやったのよ。お釈迦様に布施業をしたら人生が変わるのか聞いたら、『変わる』って仰っていたので、できる範囲でできるだけやろうと思って実践していったの。
そうしたら、相手の方がいないと施しができないということに気づいたの。自分一人では布施業はできない。もっとも尊い修行ができない。今まで滝業とかやってきたけれどそれは一人でできるのよ。
けれど、人がいることで積める徳業というのは施しなのよ。心の中で葛藤がありながらやっていく中で、後から布施業って他人が私と関わってくれているからできることであって、一人ではこの徳は積めないんだなって。
全ての善業といわれている中でランキングトップにくるのが布施業なのよ。布施業は私がするだけでなくて、相手の方が受け取ってくれない限り達成できないのよね。」
年美さん:「そうですね。成立しないですものね。」
先生:「全てがそうなのよね。そこから、自分が幸せになるために布施業をするんだけれど、他人の方がいてそれを受け取ってくれなかったらできない。自分の幸せと他人の存在というのがセットだってわかったの。そこが入り口だったわ。
目の前で年美ちゃんが暗い顔をしているなら、色んな布施をして年美ちゃんが笑顔になってくれることで私の施しが達成できている。笑顔にならないと出会った意味がない。これを徳業として私の人生の善業なるのよね。
なので、人と距離をおいて自分が幸せになるということがこの世の中ではできないことがわかって、悲しそうな人や苦しんでいる人が私の視野に入ったなら声をかけちゃうの
」
区切りがいいのでこの辺で![]()
昔、お話会で布施は相手がいないとできないと先生が仰っていたのを思い出しました。聞いた時もそうだなぁと思ったのですが、今回改めてラジオで聞いて当時よりは深く理解できたと思います。
昔行っていたセミナーで、他人がいなければ自分の存在がないと習って、当時は”意味がわからん”と思っていましたが、きっと先生が仰った事を抽象的に言っていたんですね。
先生のように人の悩みを解決できる技量も智慧もないけれど、機嫌よく歩く事や職場に座ることはできるので、まずはそこから実践していきたいと思います。