瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

瀧本先生のHPはこちら

 

逆視道のHPはこちら

 

-------------

 

 

自分の人生に違いを作るお話です。

 

 

年美さん:「学んで知識として知っているだけではなく、因果の法則を理解すると”きっと自分に返ってくる”と思うから辞めようと思ったりしますよね。」

 

 

先生:「学ぶ前は得か損かという解釈しかなかったけれど、因果の法則が寸分の狂いなく蠢いていることを知ると”これはやったらダメとか”、揺らがぬ基準ができるね。

 

考え方にはみんな癖がある。自分でその癖をわかっていないから直せない。でも直さなくてもいいのよ。所有していてもいいから全く違う考え方ができるツールさえあれば自分の癖を放ったらかしにしても大丈夫なのよね。そこに仏教が出てくると強い!」

 

 

年美さん:「鬼に金棒ですね。」

 

 

先生:「仏教ってどこに行ったら勉強できるんだろうね。」

 

 

年美さん:「仏教を学ぶといえばお経ですかね。」

 

 

先生:「お経は人に読んでもらってありがたいものは何一つないから。自分で読むもの。」

 

 

年美さん:「なるほど。」

 

 

先生:「お坊さんがお経を読んだからといって何のご利益もない。そうではなくて、経典の中身はこういうことが書かれている。日中戦ったりしているから、夜寝る前清らかに戻すために夜のお勤めがあるの。だからお経というのはお坊さんに読んでもらって後ろで聞いていても御利益はないの。そうではなくて自分で理解して読む。

 

如来寿量品第16番目に書かれている自我偈(じがげ)に、お釈迦様が壮絶なことをカミングアウトするのよ。私は過去から存在していてこれからもあなたたちを救っていく。人間の形をして生まれきたのは、私が死ぬというところをあなた達に見せるために生まれてきた。私が肉体を無くしても死ぬのではない。あなたが本当に心から望むならば色んな形であなたを導き続けているから。

 

それが電車のつり革広告だったりするのよ。あなたが本当に何か1つを成し得たいと思うなら色んな形であなたを私は導いている。過去からそうだったしこれからもそうであるっ仰ったのよ。

 

それまではお釈迦様は一人の人間だと思って見ていたわけ。けれどそうじゃない。私は過去からもこれからもい続ける。それが凡人にはわからないから一回人の形になってここに来て、そしてみんなが私の教えを理解した時に私の身は滅びる。私が死ぬことで初めてわかることもある。我々法華経の行者からするとこのお経は宝物なのラブラブ

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

お経=呪文と思っている人がいるのではないでしょうか。私がそうでした。僧侶の位が高い人がお経を読めばお祓いができる=私に取り憑いている何かがとれる=自分に原因はないので自分は何もしなくても変化がある。

 

自分に原因がないと思っているのが一番の原因ですね。生まれる所や環境、人生のスタートを選ぶことができないので自分のせいではないと思ってしまうと、私のように世の中を恨んだ人生になりますね。

 

貧しくても自分の力で成功している人もいるわけなので、貧しさとかあまり関係なく自分の地頭の良さが原因なのですが、なかなかそうは思えないですよね。

 

お釈迦様のカミングアウトすごいですよね。今ならネットとかで炎上するようなことですものね。それが炎上せずにみんな納得するというのがすごい。戦争がなくならないこの時代にもう一度現れたらいいなぁと思ってしまいますね。確実にお釈迦様が生きていた時代より兵器も効力になってるから確実に物騒になっていると思うんですよね。時代が良くなっているならいいのですが、私の目には悪くなっているようにしか見えない。。。自分の教えが伝わってないとお釈迦様が悲しんでないといいなと思います。