瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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今週は年美さんからのご質問です。
年美さん:「今日は私から先生に質問があるんです。私が先生から真解学を最初に学んだ時に、『一緒にスタートした同期と必ず敬語で喋ってね。』って仰っていたんです。徹底的に何回も言われていたんですね。私にはその印象が強いんですね。その時仰っていた敬語で話すということは何か先生の中で意図があったのかどうかを伺いたかったんです。」
先生:「普通は、同期で何かを始めるとその同期はすごく仲良くなっていい意味でも悪い意味でもなあなあになる。なあなあになった中って必ず仲が崩れていく確率と共になあなあになっていく。
瀧本自身も誰かと関わるときはそうしているの。一緒に真解学のような難しいことを学んだら一体感が生まれてグッと仲良くなる。まず、この一体感というものが何かというと、私が年美ちゃんに一体感を持ってしまったら、絶対何も言わなくてもやってほしいことがわかるだろうと思ってしまう。一体感だから。。。
そう思ってしまうことにより、年美ちゃんが年美ちゃんの感性によって”先生だったらこっちの方がいい”と思ったことが、私が望んでいることと違った場合に『なんで私が思っていることをやってくれないの?説明しなくてもこれくらいわかるでしょう?』っていうように苛立ちに発展していくの。これが一体感の恐怖なの。
共に難しい学問を勉強している仲間同士がこの一体感を持つととんでもないことが引き起こされるの。一緒に真解学を学んでくれる弟子って、ある意味私の死ぬ準備なの。本当に弟子達が立派にやっていってもらわないとと思っているの。
そこがなあなあの関係で緊張感ないような関係で学んでいくのは、理解の限界があると思うし、敬語によって横同士の方と友達とならずにお互いの距離感を保つということが、精神的な一体感を防ぐ。
大切なのは勉強のやり方ではなくてあり方なの。みんな近づき合うのが良しとしている。近づき合うのが喜びと勘違いしている人が多い。
年美ちゃんがきちんとした言葉遣いで私と接してくれていて、勉強仲間共もきちんとした敬語で話しているから見ていて気持ちがいい![]()
ちゃんとした距離感をこの10年保っているって思う。ところが、ここが以下に大切なのか。言葉は心の現れだからね。言葉が崩れてタメ口になっている人って心の乱れだからね。心の乱れは見えないけれど、それは言葉となって行いとなって出てきているわけだから。だからなあなあで言葉を雑に喋っているのを私は許さない
」
区切りがいいのでこの辺で![]()
ラジオでお話しされていた一体感ですが、逆視道の講座で詳しく学ぶことができますので興味のある方はこちらをどうぞ。
言葉遣いはずっと注意されています。私ほど注意されている人はいないのではないでしょうか。あと、年美さんは真解学を学ぶときに言葉遣いのことを先生からお話があったとのことですが、私の場合その話があったことも覚えていません
自分に都合の悪いことは覚えていないということですね。。。
今は少しは敬語を使うようになりましたが、まだまだ敬語は話せないですね。日本語難しい。。。
先生の弟子になる前は、親とか嫌いな人と話すのは敬語でした。つまり、タメ口=親しい証拠と思っていたイタイ女です。何かのタイミングでタメ口で話した方が可愛がられるとでも思った瞬間があるんでしょうね。。。本当に私は頭が悪いなぁ。。。