瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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ご相談からスタートです。

 

 

先生:「ご相談者のお友達が解離性動脈瘤で緊急入院したんですって。一命を取りとめて安静にされているようなんだけれど、薬を処方しても地獄のように痛いから悶絶しているらしいのよね。その時に瀧本先生も同じ病気だからどうしたら痛みが消えるか聞いてあげると言って、すぐに私に連絡が来たの。」

 

 

年美さん:「なるほど。」

 

 

先生:「何事もなくてよかったって話していたんだけれど、ご本人はこんなに痛いのであれば一命を取りとめて良かったのかって思っているんですって。私も同じ体験を下から気持ちはすごくよくわかる。こんな痛みが体に起こるのか?って思うくらい痛いから。

 

思い出したんだけれど、痛みと戦っている時に病院の個室にいたのよね。痛いんだけど暇なのよね。『暇だから映画を流して』とか痛みと戦いながら看護師さんに言っていたのよ。

 

あと、面談業務をしていたからね。面談予約がいっぱいくるから病院の廊下に椅子を並べて待ってもらってた。もちろん薬が効いている時よ。私の場合はそんなに痛くなかったのか?医者に聞いたらありえないって言うのよね。頭の血管が乖離している人が会話をしていること自体がありえないって。」

 

 

年美さん:「会話もしたらダメなんですよね?」

 

 

先生:「そう。体も心も安静にしないといけないのよ。つまり、人のことを考えたらダメなのよ。ちょっと何かを考えたり、考え事をしたりすると人は不安になったり怒ったりする。そうなると人は血圧が変わるって血管が破裂するから考えたらダメなのよ。その時に人の面談していたからね。寝ながらノートに書いて持って帰らせたりしてた。

 

この概念が私のベースにあると思ったんだけれど、肉体が傷んでいることと自分の心を乖離するということなの。肉体が傷んでいると心が痛むのは別である。みんな体が痛くなったら心まで疲弊していくでしょう?

 

もちろん、体力はもっていかれるけれど体力であって気力じゃないのよ。心は肉体の痛みを客観的に見つめておくことができたから、心が病むことはなかったの。なので、ここは分けれるという話をしたの。メチャクチャ体が痛いのに心も共に病んでいくということがその時はなかったの。」

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

お話を伺っていて、先生だからできたことなんだろうなと思います。体が痛いと心というか精神面も病んでしまうのが一般的なのではないかと思います。私の場合は嫉妬心とか妬みがある人なので、自分と健康な人を比べて愚痴り、どんどん悪化していくと思います。というかそうでしたね。

 

仏教を学んだ今はどうなんだろうか?体の痛みがすごく嫌なので、生き延びてしまったことに対して後悔していると思います。コロッと死にたいって言っている気がします。

 

なかなか先生の境地にはいけないですねあせる