瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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今週のラジオは悟りがテーマです。
年美さん:「春になって庭の去年枯れた花がお世話をしてないのに、また咲き始めたんです。それを見て本当に不思議だなぁって思うんです。」
先生:「お釈迦様は何か1つのものから悟りを開けると仰っていたでしょう?1粒の地に落ちた種が大地からエネルギーをいただいて芽を出す。今度は太陽からエネルギーをもらいながら命を育んでいく。命を育んで花を咲かして時が来たら枯れて死に行く。花はただ枯れて死にゆくだけじゃないから同じところにまた花が咲く。なんの世話もしていないのに。」
年美さん:「そうなんです。」
先生:「それは経典にも書かれているの。花は今まで大地からエネルギーをもらって生きてきたから、咲いた後は自分が朽ちて種も落としながら地面で横たわる。最後に恩返しをするの。自分が腐敗して栄養になって自分が作った種を落として次のエネルギーとなって死んでゆく。1粒の種を見て『そこに宇宙がある』とお釈迦様は仰っていたのよ。
こういうお花が1つ咲いたということで宇宙の営みを感じ取れる現象のことを
悟り
っていうんです。」
年美さん:「私は悟っているんですか
」
先生:「そういうことなの。さっきブログにも書いたんだけど、悟りって自分とは遠いところにあって、仏の悟りと聞くと凄い事って思うかもしれないんだけど、お釈迦様が仰っていた悟りってすごくシンプルなのよ。
日常で起こっている事と自分の中に入っている教えがピタッと繋がる瞬間がある。今のお花のこともそう。こういうことを見て、なんとなく命のつながりとかを感じ取れるようになっていくことが悟りなのよ。」
年美さん:「悟りました
」
先生:「本当にそうなのよ。昔2人の男がいてすごく憎しみ合っていたの。お互い恨んで恨んで恨み倒していたの。けれど、恨んでいることが辛いから恨みから脱出したい。脱出するには相手を負かさないといけないからお互い戦っていたの。
その時にお釈迦様がいらしたの。2人の様子を見てお釈迦様は『恨みというものは恨みによって鎮静するものではない。恨みをやめるという行為によってのみ恨みは鎮まる。』って仰ったのよ。
普通に考えたらわかることだと思わない?ただ、この2人からするとお釈迦様の言葉は雷が落ちたような感じだったの。楽になりたいから相手を恨んでいたけれど、恨むことを止めるということが選択肢にあるということに気づいて、2人がそのことに悟ったと言われているの。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
自分の考えが凝り固まっていると簡単なこともわからなくなりますよね。お釈迦様に言われてすぐに恨むのをやめた2人は凄いですね。本当に真っ直ぐに恨んでいたからやめれたんでしょうね。中途半端に恨んでいたらパシッとやめれなかった気がします。
花を見て命の連鎖が見えるお二人は素敵ですね。奥行きがあるということはこういうことなんですね。春になり観葉植物が元気に育っています。私は枯らさず育てられる私って凄いなって思っていましたけれど、そうではないんですね。。。
私の悟りは当分先のようです![]()