瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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先生のブログからスタートです。

 

 

先生:「無水調理なべの法則というブログに書いたと思うんだけど、本当にそう思っているの。目の前にあるあらゆるものって何かをするために研究されているでしょう?その機能を信じる。信じたら任せる。これってすごく人生のコツだなって思ったの。

 

お釈迦様が仰っているのはコレなの。この世の中はこうなっているからね。だからそうしなくていい。だから流れに任せればいいと力説されているのが仏教だと思っているの。

 

だからその教えに乗っかる。でも心は見えないし自分が思っていることが自分だというところから人生が始まっているから、他人からあなたの心はこうなっていると言われても、”私はわたし。私が腹が立ったんだから相手が悪い”って思ってしまう。相手が悪いと思っていると仏教は入らないから使えない。

 

他人から心について言われて理解するのは難しいよね。よくブログにあるフレーズを書くんだけれど、そのフレーズを書いた後って凄いたくさんのメッセージが来るの。それはどんなフレーズかというと、

 

 

 

私は自分の心を信じてません

 

 

そうしたら、『先生が先生を信じていないんてひどいビックリマーク』ってメッセージが来るの。もう少し遡ってブログを読んで欲しいんだけど、自分の心は一定の法則で勝手に動くから、その心が私だと思う概念はもうないの。そういう機能がある心をいかに自分が得た智慧によってコントロールしていくかが仏教なの。

 

なので、私は自分の心が勝手にものを見て思考したり最初に動く心を自分だと思っていないの。これを仏教では第一の矢という。つまり、何かが起きてそれを見たり聞いたりした時に感じて最初に走りゆく思考というのは私ではない。条件反射で過去の何かの記憶と何かをミキシングして心が意味づけたことが悲しいことや楽しいことであれ、その心は自動的に走る。

 

私ってこういう風に心が動くんだって。傍観者でいなければいけない。それに対して自分の好ましいように手を打つために智慧を使う。第一の矢は傍観者でいないといけないのに、みんな乗っかっちゃって感情的になるから人生がややこしくなるのよね。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

自分の心を信じないというブログの文章に、ひどい!というようなメッセージが先生に届くとは驚きました。その人とどうしてそう思うのか聞いてみたいです。きっと自分のことが好きな人なんでしょうかね。

 

私の心はすごくよく変わります。顔も見たくない!というような人が1秒後にお年玉で100万円くれたら好きになりますからね。私の好き嫌いなんてそんなもんです。自分に害があるかないか。他の人はもっと複雑なんでしょうか。そうだとしたら複雑ですね。

 

教えを信じ込む。それに乗っかる。乗っかるのは簡単じゃないです。だって教えを実践しないといけないですからね。その勇気だけですよね。