瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

--------------

 

 

ありのままの続きです。

 

 

先生:「みんな、自分が嫌いだという心を持っていたらダメだって思っているだけれども、そうではなくて、そんな心があるのね。これはこれでいい。そこは手をつけずにしておいて、前進する行動だけやる。禅即行動でやる。

 

自分を愛せないといっている心は認めてそのまま放置して手を打たない。これがありのまま。」

 

 

年美さん:「マイナスの心を放置することがありのままなんですね。」

 

 

先生:「そう。でもそこで終わったらダメなの。ちゃんと行動を前進させる。それをすれば気がついたらマイナスの心は無くなっている。

 

それから、私は〇〇でいたいという時に、そうだったらかっこいいとか、そういうことが付随しないかどうかなの。必ず人は行動とか何かの後ろには他人の目がくっついて決断していることがたくさんあると思うの。

 

覚悟がいるというのは、その目を全部切り離して自分で判断できるかどうかなの。誰もいない中であなたはどれを決めますか?

 

誰も認めなくてもあなたはそれをしますか?誰かからかっこよく見られなくても、あなたはそれをやりますか?その中で選べるかどうか。」

 

 

年美さん:「自分の判断に責任を持つということですか?」

 

 

先生:「そうね。そういう事と出会うことが一歩かもしれない。ひょっとしたら出会えないこともあるかもね。」

 

 

年美さん:「やっぱり心を見れるようにならないといけないですね。」

 

 

先生:「そうね。みんな自分の心だって思っているけれど、絶対他人の人生を生きているからね。あの人が〇〇って言っていたからやろうとかね。私も他人の人生を歩んでいたけれど、そのことに気づけたのは、全部病気のおかげだと思う。」

 

 

年美さん:「病気は本当にすごいですねビックリマーク」

 

 

先生:「本当にすごいと思う。真理に近づける。病気にならなくても真理に近づける方はたくさんいらっしゃるけれど、私には病気は必要だった。

 

病気になって人の目が全部外れた。なんでこんなに人の目を気にしていたんだろうって気づけたの。人ってそんなに真剣に人を見てないのよ。だって、その人も人の目を見ているから。」

 

 

年美さん:「なるほどびっくり」

 

 

先生:「みんな人の目を見ていて誰一人自分を見ていない。だから、人から何を言われてもどうでもいい。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

人の目を気にしないようにするには鈍感になればいいのかなぁと思ったこともありました。私的には、自分らしくいる→人の目を気にしない→鈍感だと思っていました。

 

私はよく人から「あんなこと言われてよく平気だね」って言われていたので、鈍感だと思っていたし、人の目を気にしないで生きている人なんだと思っていました。

 

けれど、先生のお話を聞いていてどうやらそうではないということ分かり始めました。分かるまでに4年以上かかっているような気がします。まだ気付いただけで、そのことに対して何もしていないので気づきも何もないです。

 

それより、自分が何をしたいのか、自分の命をどう使いたいのかがいまだにわかりません。私の場合50代後半になっても気づかない気がする。。。

 

すべての人が気づくのではなくて、気づかないで死んでいく人もいると先生が以前おっしゃっていたので、このままではその一人になるような気がします。努力と覚悟かぁ。毎日平和にボーッとして生きていきていけるといいなぁ。