瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

--------------

 

 

 

自分らしく生きるご相談の続きです。

 

 

 

先生:「なぜ、生きることに没頭してはいけないかというと、生きづらい状況の時に恐れを抱くからなの。例えば病気になった時、資金力がなくなった時とかに恐れを抱くの。怖くなるのよ。仏教がいっている目の前のことに没頭することと、生きることに没頭することの違いがわかるでしょう?」

 

 

年美さん:「わかります。」

 

 

先生:「目の前のことに没頭することの連続性で生きたらいいの。これを、自分らしくこに存在することの答えとして選んだの。じゃぁ、目の前のことに没頭するというのはどういうことなのか。

 

目の前の枯れているお花を没頭して摘むということではないの。自分がどのように存在していきたいかという大きなビジョンの延長上のこと。それに対して自分が今目の前でやっていることが必ずそこに通じているはずだから。

 

瀧本が未来のビジョンからの延長上で目の前のことに没頭していることは、どうすれば困っている人や心が苦しい人に仏教の言葉が届くかということなの。」

 

 

年美さん:「いつも先生すごいなと思っています。」

 

 

先生:「この世の理を苦しんでいる人の心に少しでも浸透できれば楽になるから、どうやったらそれが届くのかな?って寝てもさめても考えているの。ブログを書いてみたりしているけど、他にできることはないかなぁとか、いつも色々考えているの。これが私の目の前のことに没頭することなの。」

 

 

年美さん:「自分がどうありたいのかがないと没頭できないですね。」

 

 

先生:「そうなの。ただ、そういうことが見えるのって人生の後半なの。日本の教育スピードでいうなら、だいたい50歳半ばといわれている。ビックリするでしょう?」

 

 

年美さん:「はい。私たちでようやく自分がやりたいことが見つかるんですね。」

 

 

先生:「若い頃は見えなかったものね。自分らしくいるって相当努力がいる。」

 

 

年美さん:「なるほど、、、」

 

 

先生:「小手先で自分らしくいるというのは無理で、相当の覚悟と努力がいると思う。」

 

 

年美さん:「認識が違かったなと思います。自分らしくというのは、自分がやりたいことができるようになることだと思っていました。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

自分らしくいるためにはどうしたらいいか?という答えが相当の努力というのがすごくしっくりきます。私も年美さんのように自分がやりたいことを遠慮せずやることだと思っていたのですが、先生を見ていると努力と試練の塊の方なので、軽はずみに自分らしくいたいなんて言えないなぁと思います。

 

自分らしくいたいと思っている人がいるのなら、血ヘド吐くくらい努力できますか?と100人に聞いたら、多分そこまでしないで簡単に自分らしくいるためにはどうしたらいいか?と逆質問を受けるような気がします。私はそうでした。

そんなことを聞いているような人だから生きづらいんですけどね。