瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
--------------
怠慢な生き方の続きです。
先生:「人は1つずつできることが取り上げられていく。その時に初めて自分に何もないと思っていたことが全部があったということに気づくのよ。失った時に気づくのではなくて、持っている時に気づかないと感謝ができないでしょって思うの。」
年美さん:「そうですね。」
先生:「遠くも近くも見えずらくなるし耳も段々と聞こえなくなる。物忘れも激しくて会話もアレとかが多くなる。いま全てが整っている事に気付いていないけれど、失われていった時に、なんと自分は完璧だったのかって気づく。
いま自分に与えられている感覚器官を無駄に使ったんだろうって思うのよ。もっと人の喜びになるようなこと、地球環境に良くなること、自分が人格的に向上するような勉強をしてこなかったのかとか、その後悔で人は死に行く。」
年美さん:「なんとか自分でどうにかしたいですね。」
先生:「段々と体のあちこちが痛くなってきたからそう思うの。目の前の小さな出来たこと、文字が書けたこと、料理が出来たことが素晴らしくパーフェクトな事をしているという事を1つずつ褒めていく。パソコンで文字が打てていること、確かに仕事では当たり前かもしれないけれど、個人的な機能を考えるなら当たり前じゃないからね。
褒めていくとどうなるかというと認知的不協和が癒る。みんな大きな出来事がないと自己肯定がないと勘違いしている。そうではなくて、小さな事の積み重ねが大きな自己肯定感になる。なぜかというと、小さな小さなチリがその自己肯定感を作ったからなの。
我々は言っている事と思っている事が一致していないことがいっぱいある。その一致していないことが実は自分の心のモヤモヤになっていることを知らない。モヤモヤは気のせいにしてしまう。
モヤモヤはチャンス。どこに不協和が起きているのか。その不協和を見つけた時に、言葉が有効的で心が劣っている時がある。その時に心を持ち上げると人生がより深まっていくの。なので、皆さんもモヤモヤしたら不協和を探してみてくさいね
」
今週のラジオはこれで終わりです![]()
自分を褒めるとイライラしていた時に、「お茶が淹れられたこともすごいことなのよ」と言われても、その言ってきた方の方が自分より才能に優れたときは、”そんなこと言ってもあなたすごい才能あるじゃない”って話が全く入ってこなかったというか、言われれば言われるほど、私はあなたと違うと心が固くなっていました。
これを人と比べる、つまり比較ですよね。
あと、よく言われるのは「病気になったらできなくなるよ」という言葉。これも五体満足な私は、若い時(30代前半)?に言われてもピンときませんでした。
こう考えると、自分を褒める事を邪魔していたのは、自分の中にある怠慢、傲慢、比較が大きな原因だったと思います。当時もわかっていましたが、どうすることもできませんでしたね。
自分を固持するにもエネルギーを使うので、体力がなくなってきたこの頃はまずはやってみようという気になっています。大きな変化です。なので、どうしても褒めることができないという人は無理しないで、自分の心の体力がなくなるまで待つというのも1つかもしれませんが、別なことに体力使った方が好転するのが早くなると、無駄な時間と体力を使った私の経験上そう思いますね。
私のように悪い見本がいた方がいいと思うので、皆さん私のようにならないように気をつけてくださいね。