瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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ご相談からスタートです。
〜〜〜ご相談〜〜〜
私の人生は全体的にとても平穏で幸せです。
人生を折れ線グラフで書くワークがありますが、大きな山や谷がありません。
では、なかったのかというとそんなことはないわけで、それなりの浮き沈みは経験しているはずです。でも、書こうとすると書けないのです。
無理やり書いて「そんなに大変だったの?」と聞かれると「大したことないない。」と答えてしまいます。他人から見て大変と思える出来事も私自身はそれほど感じていないし、むしろそれくらい誰でもあるでしょう?と思ってしまいます。
落ち込みがないということは、気持ちがすごく上がることもないんです。ないというか、落ちてないから上がらない。どちらも当たり前なことであり、感情の動きも少ないように感じます。
そして今朝思ったのはちょうど低温やけどのようだということです。ひどい火傷を負うと内面も大きなダメージを負います。けれど低温やけどは表面的にはわからないけれど、中の組織がダメージを追っているわけです。
そうしたら子供の頃に近所のおばさんや担任の先生から何かができないこと、気がまわらない事に対してたまに愛想がないなど否定されたことがあったことを思い出しました。
私はナンバーワンよりオンリーワンと思い他人と同じでは価値がない、他人とは違う何かがなければいけない、オンリーワンとはオリジナルと結局比較に入ってしまいます。
存在そのものがオンリーワンと言葉では理解できるのですが、気づくと自分というオリジナルを作ろうとしてしまっています。看護婦の友人に低温やけどを治すには擦って洗う、先に擦るのですごく痛いと聞きました。
心にもそのような治療が必要なのでしょうか?
〜〜〜〜〜〜
先生:「さぁ、どれにお答えしましょうかね。感情の起伏が少なくてすごく愛想がないということを子供の頃にも言われたことがあって、そういうところにフォーカスしてお話したらいいからしらね。
以前も同じようなご質問があったの。仏教を勉強したら感情が静かになって感情の起伏が少なくなったって。」
年美さん:「ありましたね。」
先生:「仏教が目指すのはそこなの。」
時間がないのでこの辺で![]()
私も仏教を学んで感情の起伏が以前よりも少なくなりましたが、まだ自分でもビックリするほどイラついたりします。本当にビックリします。
ご相談者の方にお会いしたことがないのでわからないのですが、ご相談内容を読んでいると、人生は大変とか辛いことがあると思われているのかもしれないのかな?と思いました。起伏がないのは素晴らしいことなのに。なんか深刻にならなくていいのに深刻に考えているような気がしますね。平穏で幸せな人生なんて羨ましい。
あと、愛想がないというのは私も言われていました。今も言われています。笑顔が少ないのかな?私は笑顔が少ない=愛想がないと思っています。愛想さえあればプライベートも仕事もどうにかなるとこの頃本気で思います。手に職より愛想の方が大事かも。