瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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大石よねさんのお話の続きです。

 

 

先生:「当時障害者の方々は自分の体を見物小屋のようなところに売って投げ銭で生計を立てていたの。舞妓のトップアイドルだったよねさんは自ら見物小屋にいったの。

 

見物小屋の看板に、私は家族を惨殺された生き残りで両腕がありませんって書きたかったんだけれども、よねさんは学校に行っていなかったの書けなかったの。そこで、自分を野次ってくるような人に頭を下げて字を教えてもらったの。」

 

 

年美さん:「凄い!」

 

 

先生:「でも、手がないからその字が書けない。そこでどうしたかというと口で筆をくわえて字を書いたの。そして自分で看板に文字を書いて見物小屋に入ったの。

 

そうして色んな人と出会っていくうちに『お前は生きていていい』とか、そういう言葉と出会っていき仏法と出会うの。ここには何かがあるかもと思うんだけれど、彼女の心は折れて折れてついに死のうと思うのよ。身投げしようと丘の上に行った時に、一本の木の上に鳥の巣があったの。何気なくその巣を見たらそこに雛鳥がいて親鳥が餌を口に咥えてあげるのよね。すると雛鳥は一斉に食べる。そして親鳥はまた餌を取りに行く。

 

5匹雛のために、虫を1つずつ運んでいるのよね。それをよねさんが見たときに涙を流して『あなたも両腕がないんですね。』って言ったのよ。」

 

 

年美さん:「確かに。。。」

 

 

先生:「1匹ずつしか運べないから5匹の雛に餌を与えるには5往復しないといけないのよね。それを親鳥は必死になって運んでる。よねさんはそれを見て『私にも口があった』って気づいたの。

 

そこで本気で口で書けるように書を勉強するの。するとよねさんは見事な書を書くようになって、二科展とかでも入賞するようになるの。あまりにも素晴らしいということで彼女の書いた書がバカ売れするの。

 

そのうち彼女の書が有名になって少しずつ裕福になって尼寺に入って仏教を勉強するようになったの。とても立派な尼寺も建てられたのよ。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

大石よねさんの人生すごいですね。

親鳥を見て自分にも口があったと気づく感性がすごい。私がよねさんと同じ状況のときに鳥を見てそう思えるだろうか?

 

全ての人というわけではありませんが、後世まで名が残る人は尋常じゃない試練を与えられますよね。私なんてなんてことない事しか起きてないのに、大事件が起きたように生きてて本当お恥ずかしい。

 

これから辛い時とか大変な時によねさんのお話を思い出したらどうにでもなる気がします。