瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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ご相談からスタートです。

 

 

 

先生:「ご相談をお預かりしました。内容をまとめると、今までの人生で何も得てこなかった。逆に今度は手放す年齢になってきました。もっと勉強しておけばよかった。もっと遊んでおけばよかった、もっと蓄えておけばよかった。人生乗り遅れてしまったかもしれない。。。このようなメッセージをいただきました。

 

 

この内容に感動したの。そういうような自分の人生の振り返り方を私はしたことがなかったと思ったの。1つご相談者の方にお伝えしたいことがあるの。ちょっとお釈迦様の教えではないんだけれど、私が心から尊敬している尼僧さんがいるの。

 

その方はすでに亡くなられていて大石順教法尼といって大正生まれの方なの。元々は大石よねさんという方で、どういう方だったのかというと、あるご家庭の次女としてお生まれになったの。そのご家庭にお金がないということで養女として引き取られることになったの。昔はよくあったことだから悲惨なことではないのよ。養育できる人が養育できないご家庭の子供を預かって養育するという風土が昔の日本にはあったのよね。

 

なので、よねさんは違うご家庭の養女となったの。ある日養父が妻が浮気をしているんじゃないかと疑うことがあって、刀で切りつけ家族6人を惨殺する事件があったの。よねさんは刀を振り回している養父を両腕でつかんで止めようとしたの。そうしたら、養父はその両腕を刀で切り落としたの。」

 

 

年美さん:「えハッ

 

 

先生:「つまり両腕がなくなってしまったの。その次は頬も切られたの。両腕が切り落とされたから、まるで芋虫のように動きながら必死に命かながら逃げて一命をとりとめた人なの。それが17歳の時。」

 

 

年美さん:「厳しい、、、」

 

 

先生:「この事件が起きる前は超人気の舞妓さんだったの。20歳になって芸者さんになろうと思っていたのよ。両腕がないということは舞えないのよね。」

 

 

年美さん:「そうですね。」

 

 

先生:「踊りは手が命でしょう?舞妓の舞ができなくなった。養父が半狂乱で家族を惨殺したから家族がいない。でも食べていかないといけない。それでよねさんはどうしたかというと見物小屋を始めたの。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

大石順教さんのお話がフィクション以上の出来事で驚きました。私だったら自分の人生を呪うし生きようとは思わないだろうなと思いました。

見物小屋まで始めるなんて。すごい精神力。調べたら本も出ているようなので読んでみようと思いました。