瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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自分にヨシ!を言うお話の続きです。
先生:「小さな小さな当たり前のようなヨシがいっぱいあると、もともとヨシがパンパンに詰まっている私がやるから成し得ることがあるの。特別なことを成し得たらヨシとしている人は中が空っぽなのよ。
突然特別なことをしたら緊張するだろうしね。自分にヨシを出すのが慣れていない人だから、どこでヨシを出したらいいのかもわからないのよね。」
年美さん:「確かにそうですね。」
先生:「でっかいヨシはちっちゃなヨシの上にしか成り立たないからね。私はヨシだらけですよ。朝起きてヨシ!。朝起きることができるなんてね
お味噌汁を作って飲みまでに1万回くらいヨシを言ってる。」
年美さん:「楽しいですね
」
先生:「鑊湯無冷処なのよ。邪念が入りいる隙がない。完璧に凄いから。だからといって、すべてを成し得ているわけではないの。大失敗したこともある。けれど、大失敗したからダメな人ではない。減点にはならない。大失敗したという事実があるけれど自分に対してのマイナスではない。ヨシをつけることができなかった経験。ダメの経験じゃない。だから全部経験があるだけなの。安定して私という人生があるだけ。そこに、さらにヨシがいっぱいある。ヨシがないところはダメな私ではなく、元々の人生。」
年美さん:「できないことがダメではないんですね。」
先生:「そう。私ができる範囲のことしかやっていないから、全部瀧本の人生としてそれがある。仏教の価値観は良い意味付けも関心しない。良いという意味づけをするから良いという意味づけができない時に人は落ち込む。そのままを淡々と生きていきなさいというのが仏教なの。
でも、お釈迦様は一回だけ『どうしても意味がなくて、意味を見つけられなくて意味がないままで生きていくのが辛かったら意味をつけなさい。』って。だから、その通りにしたの。すべてに素晴らしいと意味づけしたの。自分の人生においての意味づけは【素晴らしい】か【そのまま】か。」
年美さん:「私も先生の素晴らしいが口癖になりました。なかなか素晴らしいって使ってなかったんですね。よっぽどのことがないと。人に素晴らしいというのも恥ずかしいような気がしていたんですけど、先生がいつも素晴らしいと仰るので、家でも使うようにしていたら、今度は娘が素晴らしいって言うようになったんです。伝染していくんですね。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
そういえば、以前外資系で働いていた時に、外人がやたらとgood!って言っていたのですごく不思議に思っていました。例えば、期日内に資料を作成したらgood!。これはありがとうという意味かな?って思っていました。
今度は何か質問をしたのかな?その時もgood!と言われ、”なんで質問したのにgoodなんだ?変なの”って思ってました。とりあえずその人は最初good!なんですよね。先生のお話を聞いていてその事を思い出しました。
すべての外人がたくさんgood!を言う文化ではないのかもれないのですが、もしかすると日本人は自分にも他人にも厳しいのかもしれませんね。