瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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何事も続かないご相談の続きです。
先生:「多分、朝起きた時に否定から始まっているところが、そもそも論問題だと思っていて、続かないというのは、それに付随してくる副産物だと思うの。モノを続けるって結構難しい。できなくて当然だと思うの。
やろうと思っても30分しか続かなかった。こんな私ダメだと思うのでなくて、30分も続いた。30分で集中力が切れたのなら、20分しかできないと思ったら30分もできたという解釈をするかどうかは、ご本人の課題なの。他人は誰も言ってくれない。」
年美さん:「誰も言ってくれないです
」
先生:「自分で言うしかない。30分で終わったら休憩してまた始める。仮に15分しか集中できなかったとしても、30分の後に15分集中する事ができたって、今自分が体験していることを自分が肯定していく。
今自分が体験していることを認める。まずそこからだね。続けるコツを知るよりも、まず自分がやっている今を肯定することを自分に与えてあげてほしいと思います。人から肯定してもらおうと思っていたらダメ
」
年美さん:「人に求めても肯定はしてくれないです。」
先生:「でも、自分自身が自分を肯定すると決めたなら、四六時中肯定してくれるんだから怖いものなし!」
年美さん:「先生はそうですよね。勉強になります。」
先生:「自分を肯定するという事が大切。確かにこの方の意見で的を得ているなと思うのが、自分で自分を肯定するということが人としてよくないというようなルールが作られている可能性がある。幼少期に養育者から自分で自分を良くいうものではありません!というようなことを言われていた可能性はありますね。
それはケースバイケースだと思うの。例えば友達の結婚式に行って『その服可愛いね。でも私の方が可愛いと思う。』とかね。これも自己肯定だけれども、こういう自己肯定は心の中で思うのもよくないと思うの。この中で私の服が一番いい!とかね。
そういうのではなくて、昨日できなかったことが今日できたことがるのであれば、昨日もできて今日も続けられることがある。人格的向上に繋がることは自分で、できたと褒めてあげることが大切だと思う。それを他人に求めるものでもないし、自分で自分を肯定することが他人に迷惑をかけることではないし自惚れでもない。
生きていくために大切な自信だからね。だから今日は自分から謝れたとか、人生自分で責任を取るという意味で認めていく。ある程度の自信がないと後半の人生やっていけないのよ。」
時間がないのでこの辺で![]()
ラジオの話とは関係ないのですが、10年ぶりくらいに母と外でお茶をしました。1時間くらい。あまりの精神的ダメージで寝込んでしまいました。何にダメージを受けたのか。母の姿が仏教を学ぶ以前の私で、全力で不幸になろうとする姿を見るのが辛かったですね。
母には母の答えが既にあるので、その答えと一致しないと話を聞き入れないのですが、あぁ私はこんな事をしていたんだなと思うと辛くなりました。
不幸であることが幸せだと思っている人を見るのは辛いですね。あと、先生が仰ることと逆の行動をするので、本当にびっくりしました。ちょっとお洒落な喫茶店に入ってコーヒーを飲んだんです。一人一人にコーヒーソーサーが違うお店で。母は自家焙煎で丁寧に抽出されたコーヒーの味も、食器の綺麗さも気づかず舌打ちしながら2口で飲みきっていました。
幸せがすぐ近くにあるのにね。その食器を選んだお店の人の思いやりにも気づかずに。1度でいいから親を尊敬してみたい。この想いも執着なんでしょうね。
ラジオの話に戻ると、自分で自分を肯定できないと母のようになるんだなと実感したので、全力で肯定していきたいと思います。