瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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指導方法についてのご相談の続きです。

 

 

 

先生:「ダメなものをダメだと伝えるという教育論をしているのかな?ダメなものを取り除くことが栄養学ではないような気がするの。私はそこまで栄養学を学んでないからわからないけども、仏教的にいうとダメなものを取り除こうとしてしまっているからそうなっているんじゃないですか?と予測だけど思う。

 

その人の生き様をよくしようと思ったら、悪いものを取り除くのではなくて良い習慣を入れていく。良い習慣を入れていくことがどれほど素晴らしいか、人生にどのような変化をもたらすかというと・・・。のように、その人に良いものを与えてゆくことが仏教の教え。

 

だから、窮屈になってしまうというのはモノの言い方だと思う。『あなたは〇〇を食べたらダメですよ』というように、食べ物の排除をしてしまっているのかな?本当に排除しなければならないと思うんだけど、そこに特化すると窮屈よね。」

 

 

年美さん:「そうですね。」

 

 

先生:「一回栄養学の講座を受けに行ったことがあったの。教えてくれる先生が前半と後半で変わるの。前半の先生が講座をされていたときは納得しながら聞いていたの。こうやって食物を食べたら血液がサラサラになるんだ!とか、メモを取りながら聴いていたの。

 

でも、後半の先生は自分の機嫌が悪くなっていくのがわかったの。まさにこの方のように窮屈になってきたの。『みなさん〇〇を食べてますよね?それは意味ないですよ。』というように、人が良かれと思ってやっている事を、全然意味がないという言葉が重なっているわけ。その時に”私、この人いや”と思ったの。」

 

 

年美さん:「私もそう思うかもしれないです。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

悪いものではなく良いものを取り入れていくことが大事というのはわかりますね。これは家庭環境でもそうかもしれません。注意するより褒めることの方が大事。その子の短所をどうにかするのではなくて長所を伸ばす。長所を伸ばすと短所も伸びている。

 

けれど、ダメと言ったり注意する方が頭を使って話す必要がないから楽なんですよね。このご相談者の方は幼少期褒められて育ったんだろうか?ちょっと気になりました。

 

まぁ、褒められて育ったとしてもその人の特徴があるから関係ないのかもしれませんが、私の場合褒められて育っていないから批難したり、注意する方が楽ですね。

 

仏教の教えは良いことを取り入れていくことにフォーカスされているのはすごいですね。言われても嫌な気分にならないですものね。すごいスキルだと思いました。