瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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先生が幼稚園で講演をされるそうです。
先生:「小学生とか幼稚園児に仏法を説くとしたら何を説こうかと考えているの。コロナが終わったら講演にきて欲しいと言われているのよ。幼稚園児に仏様のお話をするんだけど、何を話したらいいかと考えていたら、結局はいつもみんなに言っている話になるのよ。」
年美さん:「なるほど。」
先生:「そいうことなんだって思ったの。例えば、何か人にしてあげたら、何かをしたと思うのではなくて〇〇をさせてもらったと考えた方が人生かっこいいんだよとかね。そういうことって、大人の我々でも勉強している内容でしょう?
こんな話があってね。お釈迦様が弟子たちを連れて歩いていたら、そこに盲目の人が布を繕っていたの。その時に針に通していた糸がなくなったの。新たな糸を通さないといけないんだけど、目が見えないから糸を通せないのよ。
その時に足音がしたから『そこを通る者よ。お願いがあります。もし良かったら、私の針に糸を通して私を助けるという徳業をして幸せになりたいと思いいませんか?』と言ったの。誰が通ってるいるのかはわからないからね。
私を助けてくださいとは言ってないのよ。この困っている人を助ける善業をしたことによって幸せになりたいなと思っているものはそこにいませんか?というように問いかけたの。
そうしたら、弟子が行こうとしたんだけれども、お釈迦様がパッと止めて『私があなたの力にならせてもらって幸せにさせていいただきます』と言って、お釈迦様が針に糸を通されたの。『これで私は幸せになれますね。ありがとうございまいた。』とお釈迦様が言って針を返されたの。
弟子たちが『素晴らしい法話をありがとうございました』と頭を下げたの。お釈迦様は自分のためにやったんだけど、それを見ていた弟子たちが頭を下げたの。だからお釈迦様の徳業はどこまでも続くの。
そこから、人に何かお手伝いする時には、『あなたの手伝いをして私は幸せにさせていただきます』という言葉が挨拶になっていったの。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
私を助けて幸せになりませんか?と言った盲目の女性は頭がいいですね。助けてもらう時ってへりくだって言わなきゃいけないから、自分が惨めになるというかそんな感じになると思いますが、この言い方だと対等な感じになる方いいですね。きっとこの方の言い方も柔らかい物腰だったんでしょうね。
もし、横柄な態度だったら私だったら針刺しちゃうかもしれないね。