瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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今週のラジオ内容は死生観についてです。

 

 

 

先生:「いま、6名がこのラジオ収録にいます。その内の2名が医療関係の現場におられる方と1名が介護の現場に従事されている方なので、死についての話を聞きたいと思います。」

 

 

 

年美さん:「仏教を勉強されている方とされていない方の違いを現場で働かれている看護師の美絵さんから伺ったのですが、そのお話がとても興味深かったんです。」

 

 

 

先生:「もう一度その話を聞かせて。」

 

 

 

美絵さん:「現場で人の死に立ち会って思うのは、宗教を枠組みは日本ではあまり難しいイメージで捉えている方もいらっしゃいます。宗教を持っている人は少ないイメージですが、人は死に向かう時に宗教を信仰している人たちの心持ちはやっぱり強いなと現場で感じることが多いです。」

 

 

先生:「どう感じるの?」

 

 

美絵さん:「私はホスピスで勤務していた時に、そのホスピス自体が仏教やキリスト教などの宗教が関わっているので、やっぱり死に向かう時は宗教が心の支えになるんだと感じます。実際にそういう方は穏やかなんですよね。実際は計り知れない苦しみがあるんですけど死と向きあっているという感覚ですかね。

 

ホスピスではない現場で死に向き合う方々を見た時にパニックになる方が多い。瀧本先生がよく仰っている、心が受容の段階に行く前に亡くなってしまう。つまり否定の段階で亡くなってしまう方のほうが多いイメージです。」

 

 

先生:「いま、宗教というか信じるものを持っている人は死の向かい方が違うと言っていたけど、未経験の事をする時人は怖い。けれど、未経験のそこに立ち向かう時にやっぱり信仰を持っていると強いのよ。

 

もちろん私も死に立ち会うことが人生の中で多かった。逆にご本人は亡くなられた、それを見送ったご家族の方たちも宗教があると強いのよ。」

 

 

年美さん:「確かに。」

 

 

先生:「宗教がなかったら『なぜうちの子は死んでしまったのか。』『なぜこんな酷いことが起きたのむかっ』ってなる。宗教がないと死が酷いことになってしまう。死が酷いことだったとすると、どんだけ人生を頑張って歩んでも最後にも全員酷い目にあうのよね。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

ホスピスで働いたことも介護したこともないけれど、なんとなく宗教がある人の方が死に対して向き合えるような気がします。死をどう考えるかによってその人の生き方が変わる。話が飛躍しすぎて意味がわからないかもしれませんが、戦争する時に死生観を操ると聞いたことがあります。

 

海外では自爆して敵国の兵士を殺したらあの世で英雄になれる。その言葉を信じて多くの人が自爆する。昔の日本も似たようなことがあって、仏様が見守ってくださっているから死なないと信じていた村の人は、本当に斬られてもなかなか死ななかったので、その村が戦に勝利したと何かの本で読んだ気がします。

 

何を書いているのかわからなくなりましたが、寿命が延びたり、核家族で死が身近ではなくなってきた現代人。自分が若く死ぬことなんて考えないでしょうから、若い時から命について自分なりの死生観を持ってないと受け入れられないでしょうね。それこそご家族にとっても酷いことになってしまいますよね。