瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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仏教の学び方は大きく分けて2種類あるそうです。

 

 

 

先生:「仏教は大きく分けて2分化されますがなんだかわかりますか?もう一つの方はほぼほぼ勉強していません。」

 

 

 

年美さん:「えハッ

 

 

 

島田さん:「仏教を全体的に勉強していると思っていましたポーン

 

 

 

先生:「2種類あるもう一つの方は仏教を使うことはしない。」

 

 

美千子さん:「先生から学んだ事を、年美さんが使うと仰ったように実践していきますけど、宗派によっては〇〇様に祈るという事ですか?」

 

 

先生:「ほぼほぼ正解ですグッ仏教は大きく分けて2つあって難行道と易行道がある。みんなが勉強しているのは難行道の方です。難しく行く道。」

 

 

年美さん:「良かったですウインク

 

 

先生:「私は難行道しか皆んなに伝えてない。難行道を詳しく言うと自力で易行道は他力なの。難行道は自力だから自分で勉強して実践をして体感していかないといけない。

 

お釈迦様は、教えを伝えることはできるけれど、その教えを実践して到達した感覚は伝えられない。それは汝が体感しなさいと仰っていたの。」

 

 

美千子さん:「それは難しいはずですねあせる

 

 

先生:「易行道はいわゆる仏様が助けてくれるの。お釈迦様は仏性というものが我々にはあると仰っていたの。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識の五識の五感があって、六識目に意識がある。五感で得た情報を意識が取り纏めて、阿頼耶識と末那識という無意識に納めていく。

 

その一番深いところに阿摩羅識というところがあって、そこが仏性といわれているところなの。その仏性という仏になる種が我々全員持っている。つまり、我々はこの大宇宙の真理を体得する種がもともとある。それを目覚めさせるという目的で、学んだ事を実践して気付いていくという事なの。

 

難行道は仏性があるんだけれども、その仏性に煩悩という塵が固まっていて仏性が見えていない。その塵を剥ぎ取って行きましょう。そして仏性という光の珠というものが目覚める。それが自力仏教。もう一つの他力仏教というのは我々に仏性がないと言っているの。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

仏教のサイトをたまに読むことがあるのですが、八識と九識で分かれている説明があって、なんでなんだろう?と疑問に思っていましたがそういうことなんですね。同じ宗派でも考え方が変わってくるんですね。

 

昔は全員が読み書きができるわけでも、学校に行けるわけでもなかったから他力仏教の方が平等性があるため広まったのかもしれませんね。昔一休さんの自伝を読んだ時にそんなことが書いてあった気がします。

 

どんな人にも仏性があるというのは本当なんでしょうか。先生に「サイコパスの人も仏性はあるんですか?」と聞いたら「ある」と仰っていました。その人にある仏性を見ることができたら苦手な人もいなくなるだろうなぁと思いながらラジオを聴いていました。