瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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お釈迦様的教育方法のお話です。

 

 

 

先生:「お釈迦様の教団は、仏法は〇〇、悩みを聞くのは〇〇、というように完全に分担されていてそれぞれがエキスパートになっていったの。それが教団のあり方だったの。誰もが色んなことができる平均値的な人間を作らなかったの。」

 

 

年美さん:「すごいですね!」

 

 

先生:「みんながそれぞれの専門家だったの。ところが今の教育となると、みんな平均的な知識が必要と考えがち。仏教的教育はみんなが平均的になる教育をしていなかったの。その人の中の魅力を見つけて徹底的にガンガン引き出す。だから全員が個性ある人たちになっていったの。それが仏教的教育方法だった。

 

それを初めて勉強した時にすごく感動したの。それと同時に私は救われたのよ。私はすごく偏りがあるからてへぺろ 国語・算数・理科・社会はわからない。体育と美術は得意だったのよ。極端だったのよね。

 

今は仏教の講師をしているけれど、それ以外のことは何もわからないのよ。講演会が始まった当初は人の前に出るのがすごく怖かったの。仏教のことはどんな質問をされても答えられる。けど、そこからちょっと外れたら何もわからない。だから人の前に立つのがすごく緊張する時期があったの。だから最初はビビってたよね。

 

仏教以外の質問なんてされないのよ。だけどすごくビビっている時期があったの。何度も何度も物件を呼んているうちにお守りになったのが、

 

 

 

特化しろ

 

 

というお釈迦様の言葉なの。1つの事に特化しなさい。いろんなことが平均知的にできるということではなくて、一つのことが特化的にできたら、他のことが全然ダメでもいい。他は特化している人に任せたらいい。そういう人と繋がる縁があったらそれでいいわけで、全部が平均できなくてもいいと、お釈迦様が落ち込んでいる弟子に諭している場面があるの。

 

確かにお釈迦様の教団は一人一人の天才がいたの。徹底的に弟子の長所を伸ばされたのがお釈迦様なの。お掃除だけして悟られた方がいるの。彼は字も読めない。教育してもらっても覚えられない。聞いたことも次の瞬間に忘れてしまう。何も記憶ができない。けれど、お釈迦様から箒をもらって、ずっと掃き掃除を続けていく中で、心にすぐに塵が積もるということはこういうことだったと、大自然のあり方と我々の心は同じだと気づかれたの。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

親御さんが子供の通知表を見て1つの教科だけ良くて、あと全部1とかでもガッカリしないというか、そのいい教科だけ伸ばしていこうと思えるような世の中になったらいいなと思いながら聞いていました。私には子供がいないので想像ですが、大学に行こうと思ったら、やっぱり英語・国語は必須だからその分野は苦手でもやってもらわないとと思ってしまうと思うんですよね。

 

社会に出たら得意分野に特化するのはすごく合理的で、平均的な人よりもお金を稼げると思いますね。

特化する能力が何もない人はどうしたらいいのだろうか。。。

 

何に特化しているのかってどうやってわかるんだろう?自分でわかるのかな?私にできることは他の人にもできることで、特化していることなんて何もない。1つの強化だけ良かったということもない。成績は全部悪かったし、、、。こういう人はどうしたらいいんでしょうね。